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2006年9月の記事

2006年9月30日 (土)

運動会

運動会

今日は小学校の運動会でやんす。
暑いくらいのいい天気です。
ただ今お昼を食べおわり、応援合戦の最中です。
大岳山が見えています。
今日は絶好の登山日和りですな。

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2006年9月28日 (木)

年休!10月2日から。

私の勤める会社では半年(半期)に一度、12日間の休暇(年休)がもらえます。

上半期(4月~9月)の年休は8月20日からでした。南アルプスと北海道に行ったのは前の記事をご覧いただければおわかりかと思います。

さて、下半期(10月~3月)の年休シフトを組むにあたり、

「10月にもらえたら残り6座のうち3~4座に登る。11月以降なら屋久島を目指してゆっくり九州方面へ」と考えておりまして、「出来れば10月」という希望を出しておりましたところ、

「10月2日から12日間でいいか?」と上司にきかれ、

「はい、それで予定を立てさせていただきます」とふたつ返事。

H隊員の都合もきいてみましたところ、

「10月7~9日で鳥海と平ヶ岳に行こう!」ということになりまして、前後に単独で笠ヶ岳と白山に登って来ようと、大体の計画を立てております。

問題は1に天気、2に体力、3に金力であります。

1はお祈りするしかない。または天気にさからわず行動する。

2は自分しだい。

3はできるだけ安い交通機関を使って動く。

ということでしょうね。

さて、どうなりますことやら?

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2006年9月22日 (金)

花火。多摩川にて。

Dscf0494 本日(2006年9月22日)、我が家の下を流れております多摩川の河原にて大花火大会を実施いたしました。

参加者は私、妻、長男(岳人)、次男(旅人)の4人。

焚き火をしながら、酒を飲みながら、誰もいない河原で花火大会です。

夏休みの間は息子たちは札幌に行ってましたし、戻ってくる頃には私が南ア・北海道にでかけてしまったので、すれ違いの日々。

学校が始まれば顔を見るのも朝だけなので、久々に子供たちと遊んだ(遊んでくれた)気がしました。

さしずめ「我が家の夏休み」ってところですかね。

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2006年9月17日 (日)

極楽湯福島店、二日連続。

極楽湯福島店、二日連続。

極楽湯福島店、二日連続。

ただ今、福島発12:18郡山行きに乗っています。福島では二日連続で極楽湯に入ってきました。運転台すぐ後ろのかぶりつき席にすわっています。

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盛岡へ、各駅停車で。

盛岡へ、各駅停車で。

盛岡へ、各駅停車で。

昨日から旅に出ています。
「北海道&東日本パス」で各駅停車の旅です。
昨日は青梅を4:35の始発で出発。11本の電車を乗り継いで盛岡到着は16:56。途中、福島で一時間ほど「極楽湯」に寄り道しました。
H副隊長の新居と心境をたずねに(笑うところですよ)行くことがメインです。
H副隊長は25年間勤めた会社を辞め、故郷の盛岡へ越したばかりです。5月の雲取山以来4ヵ月振りに会うH副隊長は元気そうでした。
駅前の居酒屋で、H副隊長は会社を辞めた経緯、私は南ア・北海道の山登りの話をしました。そのあとH副隊長の新居で飲み直し。新居は段ボールの山積みでした。
今朝は5:30頃H副隊長宅を辞し、6時盛岡駅を出発。一ノ関7:31着。8時一ノ関発の仙台行きに乗っているところです。
今乗っているのはクリーム色にグリーンのラインの方。盛岡から乗ったのは銀色に紫のラインの方です。紫の方が「恐怖の701系」すべてロングシート。座席の色も紫。「紫色のニクイ奴」です。今乗っているのは455系、靴を脱いで足を前に投げ出せるボックスシートです。
田園地帯を走っており、タンボが黄金色になりつつあります。心が落ち着きますね。
ではまた。

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2006年9月15日 (金)

H隊員カメラの写真。北海道。

P8250299 渡渉中。短パンぬれてるのがわかりますね。

P8250300 H隊員も少しすそがぬれてますね。流れの速さが伝わりますか?

P8260304_1 戸蔦別を仰ぐ。

P8260305 命の水にて。

P8260306 同じく命の水にて。

P8260321 幌尻直下にて。

P8260322 同じく幌尻直下にて。

P8260327 快晴!

P8260328 たけぱぱ94座。H隊員43座。

P8260329 七つ沼カール。

P8260330 幌尻に登ってきたぞ!

P8260331 幌尻山荘にて

P8260332 山荘前にて。幌尻に乾杯!

P8270333 支笏湖にて。

P8270335_1 昭和新山。

P8280336 羊蹄山頂にて。」

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2006年9月13日 (水)

あと6座です。

8月28日に羊蹄山に登ったあとはどこの山にも登ってません。

ブログ書きで休みを過ごしました。

参考までに「94座登頂リスト」作ってみました。

日本百名山登頂リスト(登頂順)

1後方羊蹄山     2羅臼岳      3阿寒岳      4利尻岳      5丹沢山      6八ヶ岳      7大雪山      8岩手山      9八幡平      10八甲田山     11甲武信岳     12谷川岳      13槍ヶ岳      14白馬岳     15鹿島槍岳     16筑波山      17穂高岳      18甲斐駒ヶ岳    19仙丈岳      20五竜岳      21乗鞍岳      22至仏山      23久重山      24阿蘇山      25霧島山      26開聞岳      27雲取山      28大菩薩岳     29金峰山     30瑞牆山31燧ケ岳     32鳳凰山      33常念岳      34雨飾山      35霧ヶ峰      36美ヶ原      37早池峰      38月山       39立山       40剣岳       41木曽駒ヶ岳    42赤城山      43火打山      44妙高山      45薬師岳      46十勝岳      47トムラウシ    48斜里岳      49北岳       50間ノ岳      51飯豊山      52蓼科山      53那須岳      54天城山      55両神山      56安達太良山    57伊吹山      58磐梯山      59巻機山     60富士山      61空木岳      62黒岳       63鷲羽岳     64黒部五郎岳  65草津白根山    66蔵王山      67吾妻山     68大台ヶ原山    69宮之浦岳     70大峰山      71男体山      72岩木山      73皇海山      74祖母山      75武尊山      76四阿山      77浅間山(黒斑山) 78苗場山      79焼岳       80恵那山      81剣山       82大山       83石鎚山      84奥白根山     85荒島岳      86魚沼駒ヶ岳    87会津駒ヶ岳    88朝日岳      89高妻山     90悪沢岳      91赤石岳      92聖岳       93光岳       94幌尻岳

ちなみに未踏6座は 鳥海山 平ヶ岳 塩見岳 笠ヶ岳 御嶽山 白山 です。

今年中にあと2つは登りたいと考えています。

さしあたり、今月16日・17日に連休をとったので95座目に行きたいのですが、どこの天気予報も雨。まだ、どこに行くか決まっていません。

何か名案はありませんかねー。

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2006年9月 8日 (金)

北海道遠征第五日目

2006年8月29日(火)、4:30に目が覚める。ぐっすり眠れた。

まずは朝風呂だ。すでにかなり明るくなっており、船の進行方向右側に「展望風呂」の窓があるのでちょうど御来光が見れるかも。昨晩は気が付かなかったが湯舟の湯がゆっくりと前に行ったり後ろに行ったりしており、海の上にいる事を実感させてくれる。頭や体を洗い終わると東の空が少しオレンジ色になってきた。

やがて雲の間から御来光がのぞいた。家族の健康を祈る。

もう一眠りしようと思ったが眠れなかった。7:00点灯。

一度、電波の届くところがあったのでモブログ送信。「駅の宿 ひらふ」の弁当が半分残っていたので食べる。バナナも2本残っていたので食べる。朝食終了。 0608290538_ferry_hinode_1

甲板に出てみる。すでに内地の空気だ。朝からもわっとするが、風で暑さがやわらぐ。

8:30頃、三回目の風呂に入る。

荷物を整理し、ロビーで着岸を待つ。見るとはなしに見ていると「旅先で知り合ったカップル」という感じの二人が別れのシーンをやっている。男の方は車かバイクなので、今ここで「お別れ」なのだろう。二人とも少し下を向いたまま手を振り合って別れた。ああ、若いってスバラシイ!

9:25下船。Dscf0464

仙台駅行きのバスは9:54発。11:02仙台駅発の快速に間に合えばいいので。仙石線の多賀城駅まで歩くことにする。体が「歩きモード」になっているているので荷物があろうが1時間くらい歩こうが平気である。

少し雨に降られたがザックカバーを出すほどでもなく、少々蒸し暑かったが45分ほどの歩きで10:10、多賀城駅に着いた。

18きっぷに日付を入れてもらい、10:16発の電車で10:36仙台着。ソバかうどんが食べたい。仙台まで来ると「スイカ」が使える。かなり東京に近づいた気がする。スイカで食券を買って「エビかき揚げうどん」を頼む。300円。安い!うまい!

11:02仙台発、12:14福島着。 12:18福島発、13:06郡山着。郡山でザックを網棚から下ろし、立ち上がったが、立ち上がらない若者たち。「これはこのまま先に行く電車だな」ととっさに判断し、ザックを再び網棚に上げる。

ここまで4両だった701系(テツの間では「恐怖の701系」とも言われている。通勤電車と同じロングシートだ)が、ここ郡山で2両に減ってしまい、どっと乗ってきて立つ人も出る始末だ。まだ福島県なのに。人間を観察していると飽きませんけど。

14:23黒磯着。ここからは完全に首都圏の電車である。14:37黒磯発、15:27宇都宮着。宇都宮駅のコンビニでビールとつまみを仕入れて腹の足しにする。15;39宇都宮発の「湘南新宿ライナー」で大宮へ。埼京線で武蔵浦和へ。

武蔵浦和の回転寿司で恒例の「一人祝杯」をあげる。17時を過ぎたばかりでまだすいている。ゆっくりと寿司と生中と冷酒を味わう。

武蔵野線で西国分寺。中央線で立川。青梅線で青梅。旅は終わり。Dscf0471

←旅を共にしたメモ帳

さてここからは「後日談」である。

8月18日の大雨で幌尻山荘に5日間カンヅメになった人たちが約40名いたそうである。我々もあと一日でも早い日程だったら足止めを食っていただろう。当初の計画では20日から幌尻と羊蹄で23日まで、南アはその後のつもりだったのが幌尻山荘が「25、26しか予約があいてません」ということでこの日程になったのだ。

大雨の情報が、直前まで南アに行っていた私の手元に届かず、「不幸中の幸いで幌尻山荘まで行ってしまった」と言えるだろう。

H隊員は28日、レンタカーで「酸ヶ湯」まで移動。仮眠後、29日早朝から八甲田と岩木に登頂したとのメールが入った。これでH隊員46座である。

H副隊長は8月31日で25年勤めた会社を辞め、北国で休職中&求職中である。辞めると分かっていれば「北海道遠征」にも来れたのに・・・ 惜しいことをしました。まあ、夢にも辞めるとは思っていなかっただろうが。

殴り書きであったが、南アから北海道遠征合計10日間のブログ書きがようやく終わろうとしています。体重は53キロあったのが、船の「展望風呂」で量ったら50キロに減っていました。10日間ヒゲをそらず、家に帰りつくと「漂流者」と言われました。本人は「山男」のつもりだったのですが。

これにて南ア・北海道ブログ終了。長い間お付き合いありがとうございました。

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北海道遠征第四日目

2006年8月28日(月)3時半頃起床。

外へ出るとまだ真っ暗である。駅前(つまり宿の前)でヘッドランプを点けうろうろしている人間がいるらしく、

H隊員「クロ(私のことですね)かと思ったよ」私「昨日のお姉ちゃんじゃないか?」

昨晩、寝ようとしていたら列車から降りてくる大きなザックのお姉ちゃんがいた。我々のログハウスから見えた。「今日はもうここに泊まる人はいないハズだし、どうするんだろう?」と思っていたら駅前の方に消えたようだった。鉄ちゃん山崎も「駅寝でもなさそうだし、登山口のキャンプ場にでも歩いて行ったかな?」と言っていたのだ。

話はまた思い切り横にそれるが、「駅寝」をステーションホテル、「公園野宿」をパークホテル、では「グランドホテル」とはどこに泊まるのか?30年ちかく前の事で、今はなかなか許されないと思うが、正解は「学校の校庭にテント泊」である。

さて、私が荷造りを終えて弁当を取りに談話室に行ってみると「山崎様、○○様、○○様、ご宿泊ありがとうございました。羊蹄登山お気を付けて行ってきてください」というような内容の書き置きとともに二食ずつ三人分の弁当が置いてあった。私はさっさと弁当を持ってザックに詰め始めたが、H隊員と鉄ちゃん山崎は「書き置きオレも置いてくる」て言ってまた談話室に戻っていった。 やや明るくなってきたがまだまだヘッドランプなしには歩けない。そこへヘッドランプの人物が歩いてきた。

「羊蹄に登るんですか?」昨日の大きなザックのお姉ちゃんと思われる。私「乗りますか?」姉「はい、お願いします」何事も用件は手短に、話は早い方がいい。私「昨日の夜、列車で来た人だよね?」姉「ええ、そうです」私「どこで寝たの?」姉「そこいら辺にテント張って寝ました。いけなかったですかねー」私「いいんじゃないの。でも怖くないの?」姉「大丈夫です」 

鉄ちゃん山崎とH隊員も車の方に戻ってきた。私「おいちゃん(H隊員のことですね)、登山口まで乗るってさ。」H隊員「はいはい、どうぞどうぞ」私「じゃあ、後ろにすわってくだい」H「荷物が後ろに置けないなー」姉「膝の上に置きますから大丈夫です、狭くなってスミマセン」と鉄ちゃん山崎にあやまっている。鉄山(鉄ちゃん山崎)「私も乗せてもらう口ですからどうぞ、どうぞ!」

オジサンという生きものはどうしてこうも若いお姉ちゃんに弱いのか。

さて、我らがレンタカーは4人を乗せて4時出発。道々「どこから来たの?」「どういう所に行ってきたの?」「一人でテント泊は怖くないの?」と質問攻めである。この車に乗った事を後悔し始めたんじゃないだろうか。南アを11泊かけて縦走してきたとかここに来る前に利尻に登ってきたとか答えていた。大学でワンゲルに所属しているとの事。

車は国道に出る。行く手右側に「登山口」の看板があるはずだが見当たらない。行きすぎてしまったようだ。戻ってみる。あった、あった。デカイ看板があった。あったが電気がついてなくてわからなかったのだ。

4:10頃、半月湖駐車場着。お姉ちゃんは「ちょっと支度をしてから私も登ります。ありがとうございました」と言ってテント場の方へ行った。テント張ってそこへ荷物を置いてサブザックで登るんだろう。

トイレに行ったり、水筒に水を詰めたりして4時半に登山口を出発。鉄ちゃん山崎の荷物もレンタカーに残っているところをみると、H隊員と鉄山との間で「一緒に登ろう」という事になったのだろう。いいんじゃないの。旅は道連れ、世は情けってね。しかし、暗いうちから歩こうってぇのに懐中電灯もヘッドランプも持ってないのはいかがなものかな、お二人サンよ!かくしてヘッドランプの私が先頭で歩く事になった。

駐車場のところから単独行のオジサンと抜いたり抜かれたり。オジサンはちゃんと大きなクマスズを付けている。あれっ、H隊員のクマスズは?H隊員「忘れた」出た出たー。幌尻の失敗(クマに襲われたわけではないが)が全く活かされてない。そういう私は家に忘れたんだから、隊長失格である。

5:15二合目。まだ傾斜はきつくない。この山は別名「蝦夷富士」であるから富士山のようにひたすら登る。だが、富士山は五合目から登るのでほとんど木が無く、羊蹄は麓から登るのと八合目あたりまで樹林帯なので羊蹄の方がいくらか変化があって楽しいかな。

5:36、三合目。このあたりから傾斜がきつくなる。7月なら花がたくさん咲いているんだろうな。Dscf0448

Dscf0449

左:三合目付近から見た倶知安市街           右:三合目で小休止。手ぬぐいを頭に巻いたのが鉄山

↓このような標識が2~9合目までしっかりとついている。

Dscf0461 5:49、四合目。鉄山、若干遅れ気味。先頭私、H隊員、鉄山の順で歩いているのだが私のすぐ後ろをH隊員が歩き、見えるか見えないかという所を鉄山が歩いている。歩き方、間の取り方というのは人それぞれだがH隊員は常にこのスタイルである。鉄山の離れ具合を先頭の私が時々チェックして、立ち止まって待つ。

6:17、五合目。駐車場からほぼ一緒のペースのおじさんが一服している我々を追い越してゆく。声をかけてみる。私「休憩無しですか?」おじさん「休んでるよ。5分くらいずつ」

おじさんは時々タバコを右手の指に挟んだまま歩いており、余裕の表情だ。

6:46、六合目。今日もいい天気だ。しかし、天気予報は「下り坂」との事。

7:10、七合目。稜線は近い。這い松が現れる。八合目の少し手前で倶知安市街を見下ろす場所がある。私「日本海だ!」写真を撮る。鉄山「そうですね、岩内の方かな」私「昔、小沢から岩内線というのが出てましたよね」残念ながら、乗らぬまま廃線になってしまった。鉄山「急行ニセコなんかが岩内線がある為に小沢に停まるんですよね。函館発鈍行なんかでよく山線を通ったものですがね」Dscf0450

←倶知安市街と日本海(左上方)

7:43、八合目。風が出てきた。足元もガレ場になる。雨ガッパを防寒のために着用する。イワギキョウの紫が風に揺れている。

8:01、九合目。右は避難小屋への道。左は北山を通って山頂へ行く道。H隊員に「小屋で休んで弁当食うか?」ときいてみる。H隊員「いいよいいよ、このまま頂上へ一気に行っちゃおう!」半ば予想された答えではあるが、鉄山に「どうするか?」ときくわけでもない。鉄山の様子をうかがうと、なんとかゆっくりなら進めそうかな、と判断し、先へ進む。

お鉢の淵に出たとたん、飛ばされそうな強風だ。このあたりからH隊員、私、鉄山の順。

H隊員「気をつけないと、本当に飛ばされるぞ!」私「本当だ。こんな時は姿勢を低くして進もう!」強風の中なので声が大きい。

ほぼ真南の風だと思う。お鉢の淵が少し欠けたようなようなところで立っていられないような強風になった。地形から判断し、少し低くなっている所を乗り切ればまた風は弱くなるはず。ゆっくり、慎重に、姿勢を低くして進む。振り返ると鉄山が20mくらい手前で「ダメ、ダメ」という風に手を振っている。

私「手、振ってるぜ。先に進めんと言うことかな?」H「わからん、ちょっと待ってみよう」

鉄山は相変わらず顔の前で手を振っている。H「ダメ?行けない?」

鉄山は「何?」と言うように耳の後ろに手をあてている。強風で聞こえないようだ。そのうちにほんの少し風がおさまり、鉄山が歩いてきた。

「いやー、スンマセン、スンマセン。一時はあきらめかけた。行けないって言おうと思ったんだけど、聞こえないようだったので来ちゃいました」

よくわからないコメントだが、行ける行けないの判断は我々に任せてほしかった。

鉄山「すみませんが、サンドイッチにしてください」

H、鉄、私の順で山頂へ向けて進む。

京極コースが一緒になり(我々は倶知安コース往復)、1893mの三角点がある。一応「三角点ペシッ」をやって、あと少し進むと最高点がある。Dscf0452

←頂上直下。あれだよと指すH隊員

8:58、羊蹄山頂上到着。1898m。鉄山、初登頂。H隊員44座。私、31年振り、三回目の登頂であります。

京極・喜茂別・真狩の街、それに洞爺湖が見える。Dscf0458 高校生時代、札幌から夜一番遅い列車で来て、比羅夫駅前の民家で水をもらい、登山口まで歩いて懐中電灯を手に夜間登山、九合目の小屋で休憩してお鉢を一周というのを一年の時と二年の時にやったもんである。あのときはほとんど何も見えなかったが、今日は洞爺湖がハッキリと見える。余は満足である。

「これもおいちゃんのおかげだよ、ありがとう!」H隊員とガッチリ握手をかわす。

ほぼ同じペースだったおじさんも登ってきたのでシャッターを頼む。撮れたのかどうかおじさんも不安だったようで三回シャッターを押してもらったが、三枚とも鉄山が端っこに行ってしまったので、おじさんに注文をつけるのは無理と判断し、鉄山に寄ってもらい撮った一枚。      ↓Dscf0457

Dscf0459 ←お鉢はこんな具合。元気があれば底に下りられる。

Dscf0460 ←ここら辺風が強かったなーと振り返る。

風が強くてゆっくり弁当を食べている状況ではないので、18分の滞在で頂上をあとにする。9:12、下山開始。

京極の街を右に見下ろし、三角点をもう一度ペシッ。先ほどの風の強かったところにさしかかる。幾分風はおさまっているようだ。

最初はH、私、鉄山の順で歩いていた。9:45、九合目、小屋への分岐のところで、

私「小屋で弁当食うかい?」H「いいよ、いいよ。先に行こう。途中で食おう」ハナから鉄山の意向をうかがう様子はない。鉄山は疲れが表情にありありで「すべておまかせ状態」の様子。登りの道々、二人は朝食用のオニギリを、私は昨日の残りの焼きオニギリとバナナ一本。腹は減ってないのかなー?

走ってるお兄さんたちがドヤドヤと登ってくる。超人としか思えない。次に超人のお姉さんが三人。お姉さんたちはなかなかきれいなお姉さんたちで「何者かな?」山を走る人たちはピッチリしたパンツ(タイツ?)をはいているので、しかも目も合わさずに挨拶だけしてガーッと登っていくので後姿を唖然と見送るしかない。

9:55、八合目。10:23、七合目。

今度は超人の姉さんたちが早くも走り下りてきた。一番後ろの一番きれいな姉さんにH隊員が話しかける。

H隊員「JAPANってユニフォームについてますね。何かの日本代表ですか?」

お姉さん「はい、クロカンの合宿なんです」

H「クロカン!クロスカントリー?」

姉「そうです。」

H「がんばってください」

一同、かっこいい引き締まったお尻に見とれる。

H隊員はどんどん先に下りていく。私は鉄山が心配なので鉄山から見えるくらいのところを歩く。

10:41、六合目。30分に一度は休憩を入れる。

10:54、五合目。H隊員も待っており、小休止。おじさんも追いついた。おじさんは横浜から来たとの事。やはりレンタカーでまわっているらしい。二百名山を狙っているそうで夕張岳に行ってきたそうだ。話しからして、67歳。お元気だ。

おじさん「さっき、走ってる女の子がいたろう。なかなか皆いい顔してるし、引き締まったいい体しとるよなー」見るところは同じである。

五合目からはH隊員も急ぐのをあきらめたようで、鉄山・H・私の順で歩く。

11:23、四合目。11:32、三合目。鉄山はお茶が切れてしまった様子。どちらにしても弁当は食えないかな。

11:50、二合目。平らな道になるし、もう少し、と思ったのか鉄山の足取りがフラフラになる。鉄山は途中で登山ポストの幻が見えたらしく、「あそこに登山ポストが・・・」と言って近づいてみると、何にもなかった。

10:32、半月湖駐車場到着。Dscf0462

顔を洗い、トイレに行き、すぐ出発。一度停まって羊蹄を撮ったりして鉄山を比羅夫駅に送り届ける。「宿でお茶淹れさせてもらって、弁当でも食べますわ」

5分で比羅夫駅に着いた。

駅(宿)をバックに写真を撮る。Dscf0463

鉄山と握手して別れる。

さあ、出発と思ったら南谷さんの奥さんが駅舎から、南谷さんが建築中の自宅ログハウスから出てきた。

車から降りてもう一度「お世話になりました」

あとはひたすら空港へ戻るのみ。

倶知安のコンビニでペットの飲料を一本ずつ買った。さあ、今度こそノンストップで空港へ。と思ったらH隊員「クロ(私のことですね)、悪い後ろノザックから弁当出してくれ」私「はいはい。どこで食う?」H「運転しながら食っちゃうよー」私「大丈夫かよー」H「だいじ、だいじ」

本当に運転しながら弁当を食っている。「クロも食っちゃえばー!」けっこうである。焼きおにぎりとバナナ一本しか食べていないので腹は減っているが、あいにく私は車に弱い。ジュースがあればよい。

ジュースがきいたかトイレに行きたくなり、「おいちゃん、トイレ、トイレ」H「そこらへんに停めるからやっちゃえばー」私「頼むから道の駅かなんかで停めてくれ」そこまで急いでるとは思わなかった。

H隊員が急いでるのは新千歳から青森行きの飛行機に乗りたいからである。時間は充分あるはずだが。万が一ダメでも、特急乗り継ぎでも「はまなす」でも八甲田・岩木には行けるのに。

少し雨が落ちてきた。山で降られなくて何よりだった。

ガソリンがなくなりそうだ。しかしここらへんはクマも出そうな山の中である。

私「支笏湖までもつかい?」H「どーかな」私「もたなかったら?」H「JAFに電話して10リッターくらい持ってきてもらうか」

おいおい、急ぐんじゃないの?

支笏湖のGSに寄り道し、10リッター入れる。満タンにしないのは高いから。(@152円)

千歳の市内で満タンにする。(@137円)

レンタカーの「空港営業所へ」。ここからが色々とあって書けないのだが、とにかく手続きが終わってレンタカー会社のバスで空港についたのが16:40頃だったと思う。これなら青森行きの飛行機は間に合うよ。

ところが青森行きの飛行機は満席。キャンセル待ちだという。「飛行機か特急乗り継ぎか、落ち着くまで見届けてくれ」とのH隊員の依頼だったが、

H隊員「クロ、ありがとう。まあ、あとは大丈夫だ」ということでJALカウンター前で握手して別れる。

さて、私はこれからJR各駅停車でトコトコと東京方面に帰るつもりなのであるが、まずは空港の本屋で時刻表を買う。

18きっぷに日付けを入れてもらい、17:04の「快速エアポート」で一駅、南千歳へ。

上りの各駅は17:54の苫小牧行きまでない。

待合室でおにぎりや弁当を消化しながら対策を練る。各駅だと今日中に行けるのは洞爺まで。東室蘭のビジネスHにでも泊まろうか。登別で温泉もいいなー。

しかし、いつまでたっても東京に近づきそうにない。せめて函館まで今日中にたどりつけば「はまなす」があるのになー。夜行で寝てるうちに運ばれるというのがいいんだけどなー。

夜行で思い出した。フェリーはどうだろう。鉄山はフェリーで来たようなことを言ってたなー。

苫小牧発仙台行きフェリー(拓郎か!)はどうかな?苫小牧発19:00。間に合う。運賃は?7300円。まあまあ。

室蘭からはどうかな?もっと安い。でも青森までか。大洗行きもあるが、時間的には苫小牧→仙台が一番ピッタシだな。

よし、決めた。拓郎だ。「落陽」だ。一度乗ってみたかった。

JRで苫小牧着18:15。これで今日の分の18きっぷは終わりでもったいなかったが、どうせ余るから仕方がない。

タクシーで苫小牧港へ。1320円なり。

乗船名簿(兼きっぷ申し込み)を書いて7300円なりをカードで支払い、ロイズをおみやげに買ってすぐ船に乗り込む。

乗り込む前に見た船「いしかり」、デカイ!これなら揺れないだろう。

二等和室、501号室は宴会場のような部屋。そこに簡単ではあるが布団も敷いてある。「青函連絡船桟敷席」のような「ゴロ寝」をイメージしていたのでこれなら天国。ゆっくり寝られそうである。しかも60人定員のところに18人しかいない。

荷物を置いて船内探検。風呂もある。売店もある。レストラン、バー、シアター。なんでもござれである。

H隊員にメールしてみた。返事が来た。「飛行機には乗れた。今、レンタカー手続き中」とのことだ。出港し、海の上に出ると間もなく圏外になった。

さあ、風呂だ。タオル、着替えを持って「展望風呂」へ。今は夜で「展望」はきかないが。サウナもあったがぬるかったので1回入ってやめた。

さっぱりして、501号室に戻る。このままでも眠れそうだったが、夜中に腹が減って起きるのもイヤなので売店に行き、缶チュウハイとサラミを買って日記を書きながらチビチビと。

歯を磨いて寝る。消灯は22時。21時頃、寝たようだ。

「北海道篇」は終わりのはずだが、「北海道遠征第五日」として、翌日のことと後日談を書きます。お楽しみに。

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2006年9月 7日 (木)

北海道遠征第三日目

2006年8月27日(日)、3:00頃目を覚ます。

ほとんどの人が起き出しているようだ。

自分は寝袋に入らないで、ただ体の上にかけて寝てしまったようだ。それでも全く寒くなかった。

今日も急ぐ旅ではないので、横になったまま昨日の登頂のことや、今日の予定、明日の羊蹄のことなどを考える。

4:00薄明るくなってきた。トイレに起きる。ここのトイレは板で囲っただけの青天井。川に行く。新しいトイレを作る計画はあるようである。そのためのアンケートを山小屋でとっていた。

完全に明るくなった頃、荷物をざっと片付けて食事に下りる。

H隊員カップ焼きそば。私はラーメンを2食ゆでて、食べきれないのでH隊員におすそ分け。H隊員も焼きそばをくれようとするが少しでいい。生まれついての貧乏症なので「山で沸かしたお湯を捨てる行為」どうも好きでない。それに焼きそばはノドも乾く。

紙コップのコーヒーが一つだけ残っていたのでH隊員と半分ずつ飲む。普段ホットのコーヒーはあまり飲まないのだが、旅に出るとなぜか飲みたくなる。なぜかはわからない。

ザックを2階から下ろし、小屋のサンダルを(一昨日の渡渉で)まだぬれているズックに履き替えて、2泊した幌尻山荘を5:55出発。

つい最近2泊したのは南ア南部の茶臼小屋である。茶臼小屋を出るときにも思ったことだが、2泊した小屋は「すでになんだか懐かしい」。幌尻山荘も然り。

二晩お世話になった小屋に別れを告げる。

「ありがとう。さようなら。また来るねー」

さあ、渡渉開始だ。

一昨日に比べて水量は少ないようだ。このくらいの水量ならもう慣れたものである。浅いところよりも「流れのゆるいところ」を選んでぬれるのもかまわずジャブジャブ渡る。

一昨日は「最後の人たち」になってしまったくらいだから渡渉中誰にも会わなかったが、今日はゾクゾクと登ってくる人たちとすれ違う。

6:50少し休憩をとり、写真を撮る。Dscf0429渡渉中転んでもいいようにザックの中の荷物はビニールでグルグル巻きにしてあるので、多少なりとも渡渉の雰囲気を伝える写真はこれ一枚しかない。

渡渉の回数は当然と言えば当然だが水量によって変わってくるのだろう。一昨日は23回くらい数えた渡渉回数も、今日は20回くらいの勘定になった。まあ、お世辞にも正確に数えたとは言えないが。

7:39、取水口のすぐ上、ハシゴのあるところに到着。団体さんがゾロゾロとハシゴを下りてくるので、ここで靴を履きかえることにしよう。

足を拭き、登山靴に履き替えているとなんだか「一仕事終えた」ような、不思議な気分だ。団体のおじさんおばさん達がゾロゾロ前を通っていく。「下りてこられたんですか?」「昨日幌尻に登られたんですか?」

「一仕事終えた」人とちょっと不安な「これから登る人」とのすれ違いである。

8:10、取水口発。ここからは車も通ることの出来るラクな道。しかも下りである。天気も好し。ルンルンで下ってゆく。一昨日撮り忘れた取水口やゲートの写真を撮りながら下る。名もない滝で水を汲んだりしながら。

9:05本ゲート。9:36仮ゲート駐車場到着。

さて次に目指すは羊蹄山である。深Qさんは後方羊蹄山(しりべしやま)と呼ぶ。正式名は後方羊蹄山で通称羊蹄山でいいと思う。

時間もあるのでH隊員は支笏湖や昭和新山に寄って行きたいという。けっこう、けっこう。どうせそのあたりを通るので、寄って行きましょう。その前に冷たいペットのお茶かコーラを買いたいな。

ほぼ来たのと同じ道をたどる。対向車がまったくと言っていいほどない。H隊員もしきりに感心している。

芽生(メム)の集落で初めて店を見つけた。よろず屋さん風の酒屋さん。H隊員はアイスを私は迷った挙げ句、ガラナにした。「ガラナ」!なんて懐かしい響きだろう。北海道以外ではあまりきかないから北海道にしかないのだろうか。コーラの味を覚えるまでは炭酸と言えばガラナか三ツ矢サイダーかリボンナポリンだったな。リボンナポリンも北海道限定だろうな。

懐かしいガラナの味を楽しみながら車は国道237号に出、富川からはタダの高速道路で苫小牧まで。支笏湖に向かう。この道はクマが出る道であるがこれだけ車が多ければ、クマも危なくて出てこれないだろうな。

ちょうど12時頃、支笏湖に到着。駐車場もかなり車が多い。今日は日曜日である。駐車料金410円を払って少し外れの方に車を停める。

まずは支笏湖をバックに記念撮影だ。H隊員はゴミの袋を持っている。どこかに捨てるつもりらしい。

湖を見ながら食事が出来る、安めの食堂に入る。H隊員はピラフ、私はラーメンを食べる。生ビールもあったが運転手に遠慮してグッとこらえる。H隊員「本当はビール飲みたいんじゃないの?」私「飲みたいがエチケットとして我慢する」H隊員「ラーメンばかりで飽きないか?」私「ラーメン大好きだから大丈夫」。そう、私は一日三食麺類でもOKの「麺食い」である。特に札幌ラーメンは死ぬほど大好きである。

ピラフを食べ終えてトイレに立ったH隊員はゴミ捨てと携帯充電をしに行ったようだ。ニコニコして戻ってきて「家に『元気だ』ってメール打たないとなっ」愛妻家である。奥様は「としえ」さん。ちなみに一緒にすんでいるH隊員の父上は「としお」さん。H隊員は「としあき」さん。今度林家(はやしけ。はやしやと読まないで!)に行ったら「としちゃん!」と大声で叫んで三人とも返事をするかどうか試してみたいと思う。

次の目的地は昭和新山。洞爺湖・有珠山・昭和新山といったところは札幌の小学6年生だった私が修学旅行で36年前に最初に訪れたところである。明日天気がよければ羊蹄の頂上から見えるはずだ。高校生時代に2度羊蹄に登ったが、2度ともガスでほとんど眺望は得られなかった。

支笏湖から洞爺湖に向かう道。これまたいつクマが出ても不思議ではないが、残念ながらクマには会えぬまま洞爺湖に着いてしまった。

支笏湖と洞爺湖は近くにあって二つとも大きな湖だが対照的であり、支笏湖が「冷たい、山の湖」であるのに対し洞爺湖は「暖かい、温泉地の湖」である。

車は湖沿いの道から昭和新山へ行く道に入る。すごい人出である。2度警備員に止められ、その度に「火祭りですか?」ときかれる。「違います」と言うと通してくれるのだが。ステージの造りや客席の向きからいって「火祭り」とは「昭和新山が噴火したように花火を打ち上げる祭り」のようである。ゆっくり昭和新山を観察している雰囲気ではなさそうなので一人ずつ昭和新山をバックに写真を撮る。お土産やさんも稼ぎ時とばかりに店の前に台を並べて色々な食物を売っている。つい、つられてソフトクリームとたこ焼きを買う。Dscf0435

あとは今日の宿に向かうだけ。カーナビを比羅夫駅にセット。わかりやすい。今日の宿は「駅の宿 ひらふ」である。テレビにも何度か登場しているのでご存じの方も多いと思う。

Dscf0436 16:30、宿に着いたがコンビニに寄るのを忘れた。宿の奥さんにコンビニの場所をきくと「スキー場の方。車で10分くらいの所にセイコーマートがある」というのでひらふスキー場の方に向かい、コンビニでペットのお茶とバナナを仕入れる。

そういえば昨年利尻に登った時にもセイコーマートでバナナ買ったなー。H隊員はパンなども仕入れたようである。駅というか宿に戻って「チェックイン」かと思ったら「こちらにどうぞ」ということでログハウスに入った。

先客が一人いる。富山から来た山崎さん。山崎さんも明日羊蹄に登るそうだ。部屋には水洗ではないがトイレがついている。清潔である。二段ベッドがあり、その上がロフトになっていて三人分の布団が置いてある。五人部屋ということですね。二段ベッドの下段は山崎さんが使っているので上段を私が、ロフトにH隊員が寝ることになった。二段ベッドよりさらに上にハシゴを登るのだが、昨晩窮屈そうだったH隊員は足が伸ばせるのでうれしそうである。私としても山小屋に比べたら「天国」としか思えない。

山崎さんはフェリーと18きっぷでここまで来たそうだ。かなりの鉄ちゃんである。そんなことを話しているうちに列車が到着。ログハウスもホームに面しているので窓から列車が見える。鉄ちゃん二人(山崎、私)は大ハシャギで写真を撮る。Dscf0438

←山崎ベッドから撮影

通常は「メシの後に風呂」だそうだが、宿の家族(南谷さん夫婦と三歳一歳の息子さん)が入ったあと「よかったら食事の前にどうぞ」との事でお待ちかねの丸木風呂に入る。H隊員と私の入浴中の写真もあるが諸般の理由により掲載は差し控えさせていただく。Dscf0439_2

Dscf0440_1 Dscf0441 

私達の次に山崎さんも風呂に入る。南谷さん「あと一人女性が6:13の汽車で来るので夕食はその時間でいいですか?」今日はこの4人だけとの事。

駅舎の1階が待合室と談話室(兼食堂)になっている。談話室にはビールやジュースが冷えており、勝手に取り出して自分で料金箱に金を入れるシステムになっている。この「客を信用したシステム」が私は大好きで、すぐビールに手が出てしまうのである。山小屋二泊は焼酎だけだったし、ここには「サッポロクラシック」があるし、飲まないと宿とクラシックに対して失礼にあたるのである。

ビールをちびちびやりながら談話室でパソコンなどいじっているとメシの時間だ。

ホームで炭火焼きジンギスカンである。鉄ちゃんとしてはたまらない状況ではないか。もっともTVでも見ていたし、HPでも見てきたのであるが、やはり現場で実際に体験してみないとね。

H隊員と先に二人で食べ始める。山崎さんも風呂から上がって席に着く。どんどんビールがすすむ。なにもかもうまい。そのうち6:13になり、女の子が列車から降りてくる。Dscf0444

←食べているところから撮影させていただきました。

部屋に荷物を置いてきた女の子もメシの席に着く。

遠慮してか、端っこの方で肉を焼いているのでオジサン三人で「もっと真ん中で焼かないと」と世話を焼く。知床の民宿でバイトしてきたそうで、横浜の大学二年生。よく食べる。焼きオニギリを食べた後、ご飯を2回おかわりしていた。Dscf0446

←ホームでの夕食。19:11下り小樽行き。

今夜も星が見えている。明日の晴天はまちがいなし。

H隊員と二人でビール5本(350m4本、500m1本)も飲んでしまった。まだ飲み足りないがなにしろ腹がいっぱいだ。自分の焼きオニギリはほとんど手をつけず、明日のおやつにする。他にも朝と昼の弁当をたのんでいるのだが。

パソコンをいじりたかった(このブログへの書き込みがしたかった)が、女の子が使用中なのですぐあきらめた。明日は4時起きだ。今日のうちにビール代を含めた宿代の精算を済ませて、歯を磨いて寝る。

ふかふかの布団で眠れる幸せ。ずーっと前から一度泊まってみたかった宿に泊まっている幸せ。期待を裏切られなかった心地よさ。H隊員も満足してくれただろう。

そんな事をぼーっと考えながら幸せな眠りに就きました。

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2006年9月 4日 (月)

北海道遠征第二日目

朝の早い北海道。それにしても皆起きるのが早い。

2006年8月26日(土)2:45頃、荷物をガサゴソやっている音で目が覚める。

外に出てみる。降るような星。すごい星。木で天空が狭められているのが非常に悔しいほどのすごい星。

暖かい。北海道の山の中で夜中(朝方か)の3時とは思えない暖かさだ。

すでに小屋の前でメシをつくっている人がいる。

我が登山隊(2名だけど)はもう一晩この小屋に泊まる。今日は念願の幌尻岳登頂の日。頂上アタックだけであとは特にすることはないのである。もうひと眠りと行きたいところだが、もう眠れない。南アルプスの出来事などを反芻しながら朝を待つ。

4時半頃、我々も小屋前で朝メシにする。ラーメンをゆでる。パンを少しかじる。コーヒー。なんでもうまいが、暖かいものは特にうまい。

「H隊員、眠れたかい?」H隊員「寒くて目覚めちまったー、オレ閉めたけどね」栃木弁です。「そうか、オイラはH隊員が窓を閉めたのも知らん」標準語のつもり。多少北海道訛り?

暖かい方だとは思うが、まだ日の出前である。山の朝は冷える。10℃くらいか。

2階の隅の方に今夜寝るスペースを確保し、5:39サブザックを持っていざ出発!

小屋に泊まっていた人たちの中ではしんがりに出発。我々の前にはおじさん6人パーティが出て行った。メンバーの一人が今日、幌尻で「百名山達成」だそうな。このへんの情報はH隊員がいつの間にか集めてくるのである。

今日も快晴!

小屋からすぐはジグザグの急登である。だが、荷が軽く、朝一番で二人ともH_taiin_guts_pose_1元気いっぱいである。6:10小休止。

                                     元気いっぱいのH隊員→

相変わらずの急登をこなして、6:58命の水(標識では「命の泉」)到着。冷たい水がノドと心にしみる。ペットボトル1.5リットル分、満タンにする。Dscf0406

←命の水

命の水の少し上、稜線に出たあたりで6人パーティを追い越す。

おじさんたち「命の水はどれくらいあったかね。遠かったかね?」

我々「2~3分くらいですよ。すぐですよ。」

おじたち「んなら、行けばよかったなー!冷たい水飲んで元気回復したかったなー!」

っていうか、かなり元気そうである。

左下に「北カール」が見えている。全くさえぎるものは無し。クマの楽園っていう感じだな。「あれ、そういえばH隊員、今日はクマスズどうした?」「忘れた」「えーっ、ここらはクマがいつ出てもおかしくないところだぞー」(自分のことは棚上げの隊長である)

そうは言ってもこの天気でこの稜線ではクマも(人間も)遠くから見つけられるので、出くわす心配はないけどね。

そんな見晴らしのいい稜線。幌尻の頂上も見えてきた。H隊員に「幌尻見えてきたねー」と言うと「えっ、左のとがったのが幌尻じゃないのか?あっちの方が高く見えるけどなー」つまり、戸蔦別を幌尻だと思っていた様子。まだまだ修行が足りんぞ、H隊員。

Dscf0408 ←戸蔦別   ↓こっちが幌尻 Dscf0414

ナキウサギの「スピッ、スピッ」という声がする。時々かなり近くでも聞こえる。岩の上にでもいないかと目をこらすが、姿は見えず。

花もたくさん咲いている。タテヤマリンドウ、イワギキョウ、ウメバチソウ、ミヤマアキノキリンソウなどなど。H隊員もバシバシ写真を撮っている。Dscf0409 ↓撮影に余念がないH隊員

Dscf0411 Dscf0412

左:ミヤマアキノキリンソウ右:イワギキョウ(ピンボケ)

↓地図を点検するH隊員Dscf0410

Dscf0413 ←バックは戸蔦別です。七つ沼カールがのぞいている。

這い松が両側から道に覆いかぶさるような「プチ藪こぎ」もあったが、概ね歩きやすい道。そして気持ちのいい道。

8:58幌尻岳山頂到着。H隊員43座。私94座であります。Dscf0417

お湯を沸かしていると百名山目の「まこっちゃん(誠さん)」を含む6人パーティが上がってきた。横断幕撮影にH隊員も借り出されるわ、「今度は三角点ペシッの写真だ」とか頂上は大騒ぎ状態。でも上の写真も彼らに撮ってもらったので文句は言えんとです。

はて、お湯が沸かない。ガスは「EPIのパワープラス」。なんでだろう???今日は暖かいしなー。これくらいで気化能力が落ちるとはとても思えないしなー???H_taiin_tikin_1

頭の中が?だらけになって二人してぬるいカップラーメンを食べるハメになった。H隊員、許してくれ!

1時間以上も頂上でゆっくりする。頂上からの眺めは最高だがどの山がどの山か特定出来ない。だんだん雲も出てきた。だが十勝平野が見えているからかどうか、電波はバリ3である。H副隊長と家族にメール。モブログ送信。H隊員のDOCOMOは圏外だと。

ガイドブック等には七つ沼、戸蔦別、1881峰から六ノ沢を通って幌尻山荘に戻る道が紹介されているが、あまり道はよくないらしい。だが、七つ沼だけは見たいので10:05戸蔦別方面へ向かって歩き出す。歩き出したとたん、「こりゃヒデェ道だ、戸蔦別なんてとても無理だな」と意見が一致。なにしろ這い松が道に覆いかぶさって、いちいち枝を手で払いのけるか、擦り傷覚悟でズシズシ進むかの二択である。「プチ藪こぎ」どころか「這い松とお友達になりまショー」の始まり始まりなのである。

まあ、でも松脂くさくなりながら10:42七つ沼カールの見える肩までたどりついた。クマさDscf0422 んの遊び場だなー。7月はすんげえ花畑なんだろーなー。などとうっとりするオヤジ二人、と思ったらH隊員は昼寝中である。ここも電波OK牧場なのでもう一丁モブログ送信。(頂上ではまだ宴会が続いてるんだろうな)。それにくらべてここは静かな静かな別世界である。

10:01肩をあとにして再び「這い松とお友達になりまショーPARTⅡ」である。しかも今度は登り。

Dscf0424_2 ← 肩からすぐ上の稜線上のH隊員

11:51再び幌尻の頂上へ。ガスがかり、眺望は無し。「三角点ペシッ」をやって憧れの山頂に別れを告げる。光岳か幌尻を百名山最後にする人が多いというが、続けて光・幌尻登っちゃったんであり、自分にとっても二つとも「念願・憧れの山」である。見えなくなるまで振り返り振り返り、最後に敬礼をしてお別れをする。

下っているうちにH隊員が「また見えてきた、写真撮ってくれ」というのでパチリ。確かにまた頂上が見えてきた。Dscf0426

13:30命の水でふたたび水を汲む。500mペットに半分くらい。そういえば1リットルの方のペットがない。「這い松とお友達」になってるうちに落としたらしい。自然破壊じゃ。すまんのう、幌尻さんよ。南アから一緒に歩いていた「オーイ1リットル君」よ、達者でな!

ジグザクを今度は下りに下って14:33幌尻山荘到着。

今日は「登っていい」ことになっているらしく、すでに2階はほとんど満員。我々のスペースもタテをヨコにさせられ、あいたスぺースに二人入れると言う。私はコンパクトに生まれついたのでまだいいが、H隊員は窮屈そうである。Dscf0427

←夕方の幌尻山荘。食事用に山荘前にビニールシートが敷いてある。写真には写っていないが、右下におじさんがすわっているあたりにあるのだ。左下の頭はH隊員。

今日はレトルトカレーだ。ラーメンも一食分余っているのでゆでて食ってしまう。残っていたDscf0428 焼酎も全部飲んでしまう。山荘前で記念写真を撮ってもらおうとしたら、「カードFULL」。財布に大事にしまっておいたもう一枚のピクチャーカードで再度お願いする。

ガイドブックには「幕営禁止」となっているがテント4張り。単独行のたくましいお姉さんもいる。焼酎をたっぷり飲んだのでグッスリ眠れた。何時に寝たのか、記憶も記録もない。

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北海道遠征第一日目

2006年8月25日(金)3:30起床。

コンビニでおにぎりとお茶を買い、青梅発の始発電車に乗り込む。4:35発。

飛行機は羽田発7:45であるから、少し早いんじゃないかと思われるかもしれないが、次の5:01発だと今度はかなりタイトスケジュールになってしまうのである。H隊員は睡眠不足と昨日の生中二杯で少し頭痛がするそうだ。どうぞ電車で寝てください。H隊員は運転があるからねー。私は運転が出来ないのでナビ&居眠り係であります。

青梅線を立川で南武線に乗り換え川崎まで。京急川崎まで少し歩いてホームに上がるとちょうど羽田空港行きが来ます。羽田には6:20頃着。

まずはチェックインしてザックを預けたい。自動チェックイン機に向かい操作を始めたが「自動チェックイン機ではチェックインできません。カウンターにお越しください」と表示が出る。JALのお姉さんにきいてみる。「北海道行きですね。55番のカウンターでお願いいたします。お預けのお荷物は57番のカウンターでお願いいたします」と素早い返事。55番カウンターに行く。「バースデイ割引ですね。お誕生日がわかる身分証明書お持ちでしょうか?」そうだー、21日がH隊員の誕生日だった。今回は私もその恩恵に預かり、12000円で北海道に行けるのだった。H隊員の免許証を見せて、無事チェックイン終了。大きなザックは預け、身軽になった。

21日は南アルプスを歩いてたなー。今年はお祝いメールするの忘れちゃったなー。じゃあ、幌尻の山頂でH隊員の誕生日祝いしよう!

「山頂でお祝い」で思いだしたが、今をさかのぼる事26年前、槍の頂上でH隊員の誕生日を祝った事があったっけなー。26年なんてあっという間だなー。

さて身軽になったところでゴールドカード会員無料のラウンジへ。クロワッサン2個。アイスコーヒーとコーラ。このへんにしておかないと機内で何も飲み食いできなくなる。

7:20腰を上げ、セキュリティチェック。16番搭乗口に着くと同時に搭乗開始。

今日はクラスJ、一番前の席だ。羽田空港はいつも混んでいる。滑走路手前でいつも離陸の順番を待つ。今日も10分離陸が遅れた。それにしても今日はいい天気だ。左の窓から那須、猪苗代湖、磐梯などがきれいに見える。

機内では飲み物のサービスが始まる。私はスープかコーヒーを頼む事が多いが、今日もスープを頼み、あつかましくもおかわりをしてしたった。クッキーのサービスはクラスJだけだろう。十和田湖、八甲田、下北半島も見える。飛行機から見ると本州から北海道なんて近いもんだ。函館、駒ケ岳、後方羊蹄山も見えてきた。樽前の溶岩ドームが見えると新千歳空港はすぐだ。ちなみに私は9才まで樽前山を朝夕眺めて育った。苫小牧生まれである。駒苫が早実に負けて悔しいんである。

10分ほど遅れて新千歳空港に到着。北海道は空の色が違う。空の色を見て「北海道に来た」事を実感する。

預けたザックを受け取り、まずはレンタカーのカウンターへ。レンタカー会社のバスに乗り、空港から7、8分の営業所へ。営業所のカウンターで一通りの説明を受け、支払いを済ませてレンタカーに乗り込む。カーナビ搭載だが使い方がよくわからない。H隊員が窓を開けてレンタカー会社のお兄さんを呼び止めて使い方を教わる。

最初に苫小牧で食料とガスを買わなければならないのだがナビの行き先に「平取町役場」と入れて、さあ出発だ。早いこと買い物を済ませて登山口に行かないと明るいうちに幌尻山荘に着けなくなる。とにかく苫小牧市街に向かう。市街に入る手前に巨大な「イオン」のショッピングセンターが。デカイ!とにかくデカイ!デカイので商品がたくさんある。5食分の食料、酒、つまみ、お茶のペットボトル。少し時間がかかった。次にスポーツ用品店へ。ショッピングセンターの端の方にあるので車で移動する。ガスを買って、さあ登山口に向けてまっしぐら!

日高自動車道に入るまでの道に片側四車線のところがあり、H隊員が「さすがは北海道!」と感心していた。 日高自動車道は富川までしか完成していない。それだからか、高速道路なのにタダだった。それにもH隊員は感心していた。

行く手左前方に日高山脈の長い長い連なりが見える。どれが幌尻か特定出来ないが、一番高く見えるのが幌尻だろうと勝手に見当をつける。

富川から国道237号に入る。平取(ビラトリ)町内に入り「二風谷」(ニブタニ)の文字があちこちに。アイヌ民族で初の国会議員になった萱野茂さんの部落である。萱野さんは残念ながら今年5月6日に亡くなった。萱野さんの怨念ただよう二風谷ダムと二風谷湖を左に見て、車は荷負(ニオイ)の部落に入る。

ガイドブックでは振内(フレナイ)を過ぎたあたりに「幌尻岳入口」の大きな看板があることになっており、ナビ役の私もさっきからそう言っているのであるが、H隊員はなぜか「交番に寄って道を訊いて行こう」と言うのでそうする事に。

自分としては「まだ振内は先だから、なんで交番寄るのかなー」と思いつつも「道路」の事に関しては全くオンチなのでH隊員に従う。国道237号をこのまま行ったら富良野に出ることさえ先ほどH隊員に聞いて知ったくらいの道路オンチですからね。北海道に18年も住んでいたのにね。JR関係は詳しいけどね。

それはそうと、荷負交番で道を尋ねる。すると、

「幌尻岳に行く道ね。まだ通れないよ」

ゲゲッ!何ィ!18日(ちょうど一週間前)に「平取山岳会」に電話して予約の確認をした時には何も言ってなかったし、家にも何も連絡入ってないし、どーなってんの???

するとおまわりさん「18日に台風の影響で大雨降ってさ、この道は通れないんだわ。」(地図を指しながら)

私「でも予約して金も払ってるのに行けないんだったら電話くらい来ますよねー」

おまわりさん「行くんだったら、こっちの道だね。(地図を指でたどりながら)貫気別(ヌキベツ)に行って豊糠(トヨヌカ)に出てこの道に行けば行けますね」

なんだ、行けるのかい!私の質問には答えないで律儀に道を教えてくれるおまわりさん。話が早いのでこういう人は好きである。話し始める前に「あのさぁーあ」って言うやつは大嫌いである。

お礼を言って車に戻る。不安になったのかH隊員「ちょっと小屋に電話してみようよ」私「小屋には電話ないよ。山岳会に電話してみる」

電話には誰も出ない。午前中だけの電話受付だったような気もする。

H隊員「オレの本には幌尻山荘の電話番号書いてあるよ。電話してみよう」電話がつながったようだ。役場の人と話しているようだ。電話終わって「『明日復旧するって聞いてます』と言う返事だった。それが『山に登れる』って言うことなのか『道路が通れる』ってことなのかハッキリしない」

ならば行けるところまで行ってみよう。「明日復旧」って言うのなら行けるところまで行って車で仮眠でもいいし、街に戻って安い民宿に泊まって朝早く出りゃいいじゃん。

てなわけでおまわりさんに教えてもらった道を進む。大雨の影響で2箇所ほど工事している所があった。

一箇所目でH隊員が状況を訊く「団体のバスが入って行ったよ。行きは人を乗せて帰りはカラで通って行ったから登れるんじゃないのー」二箇所目「全然わからない」

豊糠の学校のあたりでちょっと迷ったが概ねOK牧場で「幌尻岳入口」の看板にたどり着いた。行け、行け。行けるところまで行け!GO、GO、ゴーズオン!

そしてレンタカーは腹をこすりながら山道を進む。腹をこする度にH隊員「ウォウー!」「ウギェー!」と雄叫びをあげる。皇海山の「栗原川林道」を思い出す。

14:15頃「仮ゲート」到着。車はここまでしか入れない。ジャンボタクシーが2台停まっており、運ちゃんも二人下山の団体を待っているようだ。

我々「登ってますか?」運「大丈夫ですよ。登ってますよ」「水はどうなんですかね?」「大丈夫だよ」

登れる、登れる。GO,GO,ゴーズ、オン!

運「早く出て、明るいうちに小屋に入ったほうがいいよ」「何時頃まで明るいですかねえ?」

運「この天気(晴れ)だから、7時ころまでは明るいけど、早く行くに越した事はないよ」

ここから3時間半を予定している。なんとか午後6時ころまでに着くだろう。駐車場には他に7~8台停まっていたろうか。なんだ、けっこう入ってんじゃん。問題ナシオちゃんじゃん。

食料をザックに詰め、渡渉用のズックも一番上に詰め、靴紐を締め、用を足し、14:33仮ゲートを出発。Dscf0433

←ほぼ、こんな感じで歩き出す。渡渉時は山靴がズックに換わる。(下山時に撮影)

仮ゲートのすぐ向うでも復旧工事をやっている。途中の道でも「これ直したばかりだなー」という所が数箇所あった。

Dscf0399 ←歩き出してすぐ北キツネのお出迎え。「幌尻へようこそ」と言っているようだ。私にはわかる。

15:02本ゲート到着。Dscf0431

←H隊員&本ゲート(下山時に撮影)

名もない見事な滝が3箇所ほど見られた。Dscf0403

まあ、フツーのペースで歩く。15:34小休止。Dscf0401 ここまで3パーティとすれ違った。みな口々に「朝より水は少ないよ」と言っていた。

Dscf0402

Dscf0430_1 ←16:21取水口着。(下山時撮影)

あれ、ここまで1時間半もかかってるぞ。そうか、仮ゲートから本ゲートまでの30分が計算に入ってないや。「H隊員、ごめん。でも6時半までには着くだろう」H隊員「OK牧場!」H隊員は栃木県の人である。

小休止。ここから川沿いである。山道である。少し道に迷い、H隊員などは靴を履き替えて渡渉している。私も靴を履き替えたが、H隊員も渡渉したはいいが向こうに道はなさそうだ。本には「額平川の右岸をしばらく歩き」となっている。渡渉はまだ早すぎる。

何のことはなく、よく左を見たら赤テープがあり、そちらに道があった。私だけ元の山靴に履き直す。15分ほど歩き、今度は川の向うに赤テープがある。私だけまた靴を履き直して、いよいよ渡渉開始。

水が冷たい。最初は恐る恐るだったが短パンも濡れるほど水につかり、もうジャブジャブ歩く。が、油断は禁物。流れの速いところで片方の足を上げた瞬間、上げた方の足が流れに持っていかれそうになった。H隊員から「危ない!」の声がかかる。

かろうじて持ちこたえて転倒はまぬがれた。こんな事もあろうかと、転んでもいいようにザックの中身はすべてビニール袋にグルグル巻きにしてある。もちろんカメラも。したがって本日のハイライトシーンであるはずの渡渉中の写真はない。もしあるとしたらH隊員のカメラの方か。H隊員、あったら送ってね。

それからは慎重に、杖も使えるだけ使い、H隊員がどんなに先に行こうとも慎重に渡ることにした。浅いところよりも、「濡れてもいいから流れのゆるいところ」を選んで渡るようにした。疲れはないが、緊張の連続だ。

一度休憩した。ズックのなかは石ころだらけだ。短パンも下着も濡れている。寒くはない。いい天気だ。

熊スズまた忘れた。H隊員は小さなスズをつけている。熊よけに今日は「横井庄一」さんをお呼びした。「ヨッコイショウイチ!」もっぱらお呼びしたのは私である。

そんな感じで渡渉を重ねること23回(かなり怪しいが、一応数えながら歩いた)。H隊員はスペシャル渡渉があったので25回か。

少しうす暗くなってきて18:21幌尻山荘到着。灯りが点いている。何パーティか小屋の前で夕食&酒盛り中。

H隊員土足のまま小屋に入ろうとする。私「あーあ、足を拭くやつだよ、これ」入り口にあったタオルを靴のまま踏んづけて、その次に裏返して誤魔化した。H隊員「人が寝てる」そりゃ、寝てるさ、山小屋だもん。以降(カッコ)の中は私の心の中と思ってください。

H隊員「隊長(私のことですね)、ちょっと見てきて。頼む。」「ハイ、行ってくるよ」

1階はさらっと人が寝ている感じ。左側に階段がある。登ってみる。2階もほぼ同じだが、2階の方がややスペースがあるかな。1階の奥の方に「管理人室」の札がかかったドアがあった。(ここかな?)ドアのすぐ前に寝ている人と目が合った。目が「ウン、ウン、ここだよ」と言っている。ノックしてみる。ドアを開ける。濛々たるタバコのけむり。3~4人はいたろうか。管理人とガイドさんたちだろうな。ヒゲとメガネの短パン姿の管理人がこちらに出てきた。

私「あのー、今着いたんですが」

管理人「今日は登って来れないことになってるんですけど。台風の増水のあとで」

(そんなら、なんでこんなに人がいるんだよ!)

管「何時に駐車場を出てきましたか?」

私「14:30です」

管「もう、あとは来ませんか?」

私「来ないと思います」

管「これに書いてください」と言って、宿帳を渡されたので記入する。お金をとろうとするので、

私「18日に、二人二泊分、4千円振り込みました」

管「なら、控えを見せてください」

私「18日に予約の確認の電話を入れて『今日、振り込みます』って言ったときにはそんな事言ってませんでしたよ」(ちゃんと振り込んでんだよ!予約してから来いって言うんなら予約が入ってるか、振り込まれてるか、そっちで確認しろよ!)

管「言ってるはずだけどねー。2階のあいてるところを使って。今日はすいてるから」

(すいてるならグダグダ言うんじゃねェーーーーーーーーっ!)

まあ、管理人さんも「もう誰も来ないだろう」と思ってガイドさんたちと一杯やっているところへうす暗くなって我々が到着したので、そんな応対になったのだろう。

小屋の外で待っていたH隊員を「2階を使えってさ」と呼び入れて、2階のスペースを確保。もう誰も来ないだろうからあいてるスペース使い放題。

靴や濡れた短パンを干してジャージに着替え、小屋前で夕食&一杯。今日の夕食はレトルト牛丼&パックご飯。お湯を沸かして、まず「お疲れさん!」の一杯。H隊員はビール、私は焼酎。沢庵と菓子をボリボリやりながらお湯の沸くのを待つ。その間何度も空を見上げる。

牛丼うまい。山で口にするものは何でもうまい。みそ汁もある。「ゆうげ」。

19:15頃管理人さんが出てくる。「最後に来た二人だね」(そうです。私らが最後に来た二人でございます)「ヘッドランプ持ってるね。消灯しても大丈夫だね?」

私「大丈夫です」

管「ゴミとかここに置いとかないでね」

(オイラをなめるな!クマのエサにはしないっすよーーー!)まあ、中には「そういう奴」がいるんだろうなー。そういう奴こそ(クマのエサになってしまえ!)。

今日は到着が遅かったので(自分でも認めてる)、早めに切り上げて2階に戻る。H隊員は歯も磨かずにご就寝。私はヘッドランプを点け、もう一杯やりながらメモの仕上げとモブログ下書き。窓が開いているようだが全く寒くない。歯を磨いて21時頃眠りに就く。

寝る前にもう一度、星を見る。沢音が心地よい。明日も間違いなく晴天なり。

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2006年9月 1日 (金)

南アルプス第5日目

3:30明かりが点く。起床。小雨が降っている。

朝食は一度に23人。あと4人は次の回でお願いしますとのこと。畑薙第一ダムからのバスは12:30なので時間はたっぷりある。あとの回にする。

この小屋には小学生のスタッフがいる。といっても小屋で働いてるおばさんの娘で、夏休みの宿題を持って上がってきた小学6年生の女の子である。登山客のアイドルになっている。時々簡単な仕事を手伝っているようだ。

さて、4人だけの朝食となったわけだが、一昨日岩崎先生がすわっていた席に私。向こう側二席は昨日夕食で一緒だった所沢のご夫婦。あと一人は?なかなか下りてこなかったが、下りてきた人を見たら私の右隣に寝ていたおじさんだった。おじさんに「よく眠れました?」と訊いてみる。「あんまり」との返事。ビールをけっこうな量飲んでいたようだし、朝もなかなか起きてこなかったようだが、夜中は眠れなかったのだろうと察する。今朝もお茶を何度もおかわりする。井川茶だからね。

5:19二晩お世話になった小屋をあとにする。すでになんだか懐かしい。

小雨のためカッパを着て出発。少し下ったところで雨もやみ、日も射してきたのでカッパを脱いでTシャツ短パン姿になる。今日は全然急ぐ必要がないのでカッパを脱ぐのも歩くのも写真を撮るのも、全てゆっくり。

5:46樺段。6:51横窪沢小屋。先輩方に追いついた。でも先輩がいない。トイレにでも行ったのだろう。水を汲んで少し休憩。Dscf0379

先輩が戻ってきた。「ここはトイレ遠いわねー!」先輩、小屋番さんが近くにいるよ。「でもすごくキレイだわー。ちょっと遠いけどねー」さすがは先輩である。

10分ほど休んで出発。

その後すぐに先輩方を追い抜いたが、先輩の元気なこと。(この時は元気だった。)Dscf0381_1

←ドリカム編成、というより露払いと太刀持ちを前後にして歩く先輩の勇姿

7:04横窪峠。Dscf0382 7:21中の段。Dscf0383 このあたりから吊り橋がたくさん現れる。Dscf0386

7:52ウソッコ沢出合。Dscf0388吊り橋を渡る先輩。この時はまだ左手を使っているようだ。橋のすぐ下に赤い手すりのついたスロープが見える。ここに先行した誰かが「すべり台のようにすべります。私も2回転びました」というメモが置いてあった。確かにすべる。この写真を撮っていたら先輩方も下りて来たので「そこ、すべりますよー」と声をかける。

先頭のおじさん「本当にすべるねー」と目を剥いていた。Dscf0389

←ウソッコ沢小屋。無人

二人組のおばさんを抜いた。顔の横の日除けがおそろいである。次におなじ日除けスタイルのおじさんがいた。ここからずっとこのおじさんとつかず離れずだったが、おじさんから話しかけてきた。「あと女性を二人連れてきてるんだけど、『もう、歩けない』って言うから私だけ先に行って駐車場(ダムから500m下流の臨持駐車場、東海フォレストのバスはここから出る)まで車をとりに行くんですよ」ご苦労さまである。

「吊り橋はまだですかねー。記念に写真の一枚でも欲しいなー」とつぶやいている。「まだまだ下ですよー」と私。

8:45ヤレヤレ峠。靴から小石やら松葉やら出していたら「吊り橋で一枚くらい記念写真撮りたいなー」と、おじさん。わかりましたって。「じゃあ、吊り橋までご一緒しましょう!」

9:00畑薙大吊り橋。写真を取り合う。Dscf0393 Dscf0394 Dscf0396

これがウワサの大吊り橋か。長い、高い。途中ですれ違えるようにところどころ板が二枚分敷いてある。吊り橋のところだけ私が前を歩いていたが、吊り橋を渡るとおじさんは挨拶してまたスタスタと歩いていった。

ここから沼平までは許可を受けた車しか入ってこない。のんびりと砂利道を歩く。今日もいい天気だ。今回はかなり天気に恵まれましたなー。腹がへってきた。おいなりさんを2個道端で立ち食いする。

沼平登山指導センターがある。「下山届けを出してください」と看板がある。登山届けも出してないので通り過ぎる。

10:15畑薙第一ダムバス停到着。今日は約5時間の歩き。Dscf0397 バスの時間まであと2時間もある。Dscf0398

バス停には自販機1台。公衆電話1台。あとは日除けとその下にベンチが数台。トイレが少し歩いたところにあり、水が出るのでストックと靴の泥を落とさせてもらう。

自販機で「冷たいお茶でも買おうかな」と思ったが売り切れ。その上のボタンが缶の緑茶。これはボタンを押したら出てきた。が、

熱い!よく見たら「HOT]の文字が・・・

残りのおいなりさん2個を熱いお茶を飲みながら食べました。

そのうちに若いメガネのお姉ちゃん(茶臼小屋にいた)が下りてきた。自販機に手が伸びる。「HOTしかないですよ」と、私。お姉ちゃん「BOSSの微糖だけ冷たいのがありますね」ホントだ。それからは来る人来る人「大BOSS微糖大会」になってしまった。

先輩たちも下りてきた。先輩は左手にシップをグルグル巻いている。

「やっちゃったよ。転んじゃったよ。こーんなに腫れちゃったよ。痛くて動かせないよ」さすがの先輩も少しトーンダウン。あとでわかったのだが骨が2本折れていたそうだ。そりゃ痛いわな。

皆、バス停に着くとすぐに荷物をバス停ポ-ルのところに並べている。「どうせ居眠りするんだし、すわれればいいや」と思い、後ろに並んだら先輩が来て「一番先に来たんでしょ。私たちと一緒に荷物置いとけばいいわよ」ということでコバンザメのように先輩の荷物の隣にザックをおかせてもらう。

しんがりに乙葉さんが下りてきた。乙葉さんと立ち話しをしているうちにバスの時間になる。今日の車掌さんは中国の方かな?日本語がたどたどしい。

バスは右の前から3列目窓側にすわれた。これも先輩の威光である。感謝。乙葉さんが私の隣にすわる。私が居眠りを始めるまでずっと話しをする。

バスというか「クネクネ道の車」に強くないので最初かなり気分ヤバ目であったが、居眠りが出てきて立ち直った。でも危なかった。

2回目のトイレ休憩のあたりから電波が通じるようになった。たまっていたモブログ送信。受信メールの中にH隊員の「今晩泊めてくれ。飛行機の時間がきびしい」というのがあった。

16:00静岡駅着。先輩方と乙葉さんに挨拶をして別れる。自宅に、帰る時間とH隊員が我が家に来る旨を電話して、18きっぷに日付を入れてもらい熱海行きに乗り込む。

熱海での乗り換え時間はあまりなくて、階段を使って乗り換えねばならないが、せめてビールは買わねばならない。腹もへっているがつまみ程度なら持っている。早歩きで移動。

熱海発東京行きの電車が出るホームにはさすがにキオスクがある。が、人が群がっている。なんとかモルツ一本買えた。

うっかりして茅ヶ崎を通り過ぎ、横浜で京浜東北、東神奈川で横浜線に乗り換えることに。八王子で八高線、拝島で青梅線。青梅着で「南アルプス篇」は終わりなのだが、腹が減ったので青梅駅前の居酒屋で飲みながらH隊員を待つ。

21:25頃、H隊員現れる。私焼酎、H隊員ビール。話したいことは山登りだけに山ほどあるが、明日は3:30起きで羽田発7:45の飛行機である。早めに切り上げて帰宅。H隊員は長男たけとのベッドに寝てもらう。

このあとは「北海道篇」をおたのしみに!

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