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2006年9月 8日 (金)

北海道遠征第四日目

2006年8月28日(月)3時半頃起床。

外へ出るとまだ真っ暗である。駅前(つまり宿の前)でヘッドランプを点けうろうろしている人間がいるらしく、

H隊員「クロ(私のことですね)かと思ったよ」私「昨日のお姉ちゃんじゃないか?」

昨晩、寝ようとしていたら列車から降りてくる大きなザックのお姉ちゃんがいた。我々のログハウスから見えた。「今日はもうここに泊まる人はいないハズだし、どうするんだろう?」と思っていたら駅前の方に消えたようだった。鉄ちゃん山崎も「駅寝でもなさそうだし、登山口のキャンプ場にでも歩いて行ったかな?」と言っていたのだ。

話はまた思い切り横にそれるが、「駅寝」をステーションホテル、「公園野宿」をパークホテル、では「グランドホテル」とはどこに泊まるのか?30年ちかく前の事で、今はなかなか許されないと思うが、正解は「学校の校庭にテント泊」である。

さて、私が荷造りを終えて弁当を取りに談話室に行ってみると「山崎様、○○様、○○様、ご宿泊ありがとうございました。羊蹄登山お気を付けて行ってきてください」というような内容の書き置きとともに二食ずつ三人分の弁当が置いてあった。私はさっさと弁当を持ってザックに詰め始めたが、H隊員と鉄ちゃん山崎は「書き置きオレも置いてくる」て言ってまた談話室に戻っていった。 やや明るくなってきたがまだまだヘッドランプなしには歩けない。そこへヘッドランプの人物が歩いてきた。

「羊蹄に登るんですか?」昨日の大きなザックのお姉ちゃんと思われる。私「乗りますか?」姉「はい、お願いします」何事も用件は手短に、話は早い方がいい。私「昨日の夜、列車で来た人だよね?」姉「ええ、そうです」私「どこで寝たの?」姉「そこいら辺にテント張って寝ました。いけなかったですかねー」私「いいんじゃないの。でも怖くないの?」姉「大丈夫です」 

鉄ちゃん山崎とH隊員も車の方に戻ってきた。私「おいちゃん(H隊員のことですね)、登山口まで乗るってさ。」H隊員「はいはい、どうぞどうぞ」私「じゃあ、後ろにすわってくだい」H「荷物が後ろに置けないなー」姉「膝の上に置きますから大丈夫です、狭くなってスミマセン」と鉄ちゃん山崎にあやまっている。鉄山(鉄ちゃん山崎)「私も乗せてもらう口ですからどうぞ、どうぞ!」

オジサンという生きものはどうしてこうも若いお姉ちゃんに弱いのか。

さて、我らがレンタカーは4人を乗せて4時出発。道々「どこから来たの?」「どういう所に行ってきたの?」「一人でテント泊は怖くないの?」と質問攻めである。この車に乗った事を後悔し始めたんじゃないだろうか。南アを11泊かけて縦走してきたとかここに来る前に利尻に登ってきたとか答えていた。大学でワンゲルに所属しているとの事。

車は国道に出る。行く手右側に「登山口」の看板があるはずだが見当たらない。行きすぎてしまったようだ。戻ってみる。あった、あった。デカイ看板があった。あったが電気がついてなくてわからなかったのだ。

4:10頃、半月湖駐車場着。お姉ちゃんは「ちょっと支度をしてから私も登ります。ありがとうございました」と言ってテント場の方へ行った。テント張ってそこへ荷物を置いてサブザックで登るんだろう。

トイレに行ったり、水筒に水を詰めたりして4時半に登山口を出発。鉄ちゃん山崎の荷物もレンタカーに残っているところをみると、H隊員と鉄山との間で「一緒に登ろう」という事になったのだろう。いいんじゃないの。旅は道連れ、世は情けってね。しかし、暗いうちから歩こうってぇのに懐中電灯もヘッドランプも持ってないのはいかがなものかな、お二人サンよ!かくしてヘッドランプの私が先頭で歩く事になった。

駐車場のところから単独行のオジサンと抜いたり抜かれたり。オジサンはちゃんと大きなクマスズを付けている。あれっ、H隊員のクマスズは?H隊員「忘れた」出た出たー。幌尻の失敗(クマに襲われたわけではないが)が全く活かされてない。そういう私は家に忘れたんだから、隊長失格である。

5:15二合目。まだ傾斜はきつくない。この山は別名「蝦夷富士」であるから富士山のようにひたすら登る。だが、富士山は五合目から登るのでほとんど木が無く、羊蹄は麓から登るのと八合目あたりまで樹林帯なので羊蹄の方がいくらか変化があって楽しいかな。

5:36、三合目。このあたりから傾斜がきつくなる。7月なら花がたくさん咲いているんだろうな。Dscf0448

Dscf0449

左:三合目付近から見た倶知安市街           右:三合目で小休止。手ぬぐいを頭に巻いたのが鉄山

↓このような標識が2~9合目までしっかりとついている。

Dscf0461 5:49、四合目。鉄山、若干遅れ気味。先頭私、H隊員、鉄山の順で歩いているのだが私のすぐ後ろをH隊員が歩き、見えるか見えないかという所を鉄山が歩いている。歩き方、間の取り方というのは人それぞれだがH隊員は常にこのスタイルである。鉄山の離れ具合を先頭の私が時々チェックして、立ち止まって待つ。

6:17、五合目。駐車場からほぼ一緒のペースのおじさんが一服している我々を追い越してゆく。声をかけてみる。私「休憩無しですか?」おじさん「休んでるよ。5分くらいずつ」

おじさんは時々タバコを右手の指に挟んだまま歩いており、余裕の表情だ。

6:46、六合目。今日もいい天気だ。しかし、天気予報は「下り坂」との事。

7:10、七合目。稜線は近い。這い松が現れる。八合目の少し手前で倶知安市街を見下ろす場所がある。私「日本海だ!」写真を撮る。鉄山「そうですね、岩内の方かな」私「昔、小沢から岩内線というのが出てましたよね」残念ながら、乗らぬまま廃線になってしまった。鉄山「急行ニセコなんかが岩内線がある為に小沢に停まるんですよね。函館発鈍行なんかでよく山線を通ったものですがね」Dscf0450

←倶知安市街と日本海(左上方)

7:43、八合目。風が出てきた。足元もガレ場になる。雨ガッパを防寒のために着用する。イワギキョウの紫が風に揺れている。

8:01、九合目。右は避難小屋への道。左は北山を通って山頂へ行く道。H隊員に「小屋で休んで弁当食うか?」ときいてみる。H隊員「いいよいいよ、このまま頂上へ一気に行っちゃおう!」半ば予想された答えではあるが、鉄山に「どうするか?」ときくわけでもない。鉄山の様子をうかがうと、なんとかゆっくりなら進めそうかな、と判断し、先へ進む。

お鉢の淵に出たとたん、飛ばされそうな強風だ。このあたりからH隊員、私、鉄山の順。

H隊員「気をつけないと、本当に飛ばされるぞ!」私「本当だ。こんな時は姿勢を低くして進もう!」強風の中なので声が大きい。

ほぼ真南の風だと思う。お鉢の淵が少し欠けたようなようなところで立っていられないような強風になった。地形から判断し、少し低くなっている所を乗り切ればまた風は弱くなるはず。ゆっくり、慎重に、姿勢を低くして進む。振り返ると鉄山が20mくらい手前で「ダメ、ダメ」という風に手を振っている。

私「手、振ってるぜ。先に進めんと言うことかな?」H「わからん、ちょっと待ってみよう」

鉄山は相変わらず顔の前で手を振っている。H「ダメ?行けない?」

鉄山は「何?」と言うように耳の後ろに手をあてている。強風で聞こえないようだ。そのうちにほんの少し風がおさまり、鉄山が歩いてきた。

「いやー、スンマセン、スンマセン。一時はあきらめかけた。行けないって言おうと思ったんだけど、聞こえないようだったので来ちゃいました」

よくわからないコメントだが、行ける行けないの判断は我々に任せてほしかった。

鉄山「すみませんが、サンドイッチにしてください」

H、鉄、私の順で山頂へ向けて進む。

京極コースが一緒になり(我々は倶知安コース往復)、1893mの三角点がある。一応「三角点ペシッ」をやって、あと少し進むと最高点がある。Dscf0452

←頂上直下。あれだよと指すH隊員

8:58、羊蹄山頂上到着。1898m。鉄山、初登頂。H隊員44座。私、31年振り、三回目の登頂であります。

京極・喜茂別・真狩の街、それに洞爺湖が見える。Dscf0458 高校生時代、札幌から夜一番遅い列車で来て、比羅夫駅前の民家で水をもらい、登山口まで歩いて懐中電灯を手に夜間登山、九合目の小屋で休憩してお鉢を一周というのを一年の時と二年の時にやったもんである。あのときはほとんど何も見えなかったが、今日は洞爺湖がハッキリと見える。余は満足である。

「これもおいちゃんのおかげだよ、ありがとう!」H隊員とガッチリ握手をかわす。

ほぼ同じペースだったおじさんも登ってきたのでシャッターを頼む。撮れたのかどうかおじさんも不安だったようで三回シャッターを押してもらったが、三枚とも鉄山が端っこに行ってしまったので、おじさんに注文をつけるのは無理と判断し、鉄山に寄ってもらい撮った一枚。      ↓Dscf0457

Dscf0459 ←お鉢はこんな具合。元気があれば底に下りられる。

Dscf0460 ←ここら辺風が強かったなーと振り返る。

風が強くてゆっくり弁当を食べている状況ではないので、18分の滞在で頂上をあとにする。9:12、下山開始。

京極の街を右に見下ろし、三角点をもう一度ペシッ。先ほどの風の強かったところにさしかかる。幾分風はおさまっているようだ。

最初はH、私、鉄山の順で歩いていた。9:45、九合目、小屋への分岐のところで、

私「小屋で弁当食うかい?」H「いいよ、いいよ。先に行こう。途中で食おう」ハナから鉄山の意向をうかがう様子はない。鉄山は疲れが表情にありありで「すべておまかせ状態」の様子。登りの道々、二人は朝食用のオニギリを、私は昨日の残りの焼きオニギリとバナナ一本。腹は減ってないのかなー?

走ってるお兄さんたちがドヤドヤと登ってくる。超人としか思えない。次に超人のお姉さんが三人。お姉さんたちはなかなかきれいなお姉さんたちで「何者かな?」山を走る人たちはピッチリしたパンツ(タイツ?)をはいているので、しかも目も合わさずに挨拶だけしてガーッと登っていくので後姿を唖然と見送るしかない。

9:55、八合目。10:23、七合目。

今度は超人の姉さんたちが早くも走り下りてきた。一番後ろの一番きれいな姉さんにH隊員が話しかける。

H隊員「JAPANってユニフォームについてますね。何かの日本代表ですか?」

お姉さん「はい、クロカンの合宿なんです」

H「クロカン!クロスカントリー?」

姉「そうです。」

H「がんばってください」

一同、かっこいい引き締まったお尻に見とれる。

H隊員はどんどん先に下りていく。私は鉄山が心配なので鉄山から見えるくらいのところを歩く。

10:41、六合目。30分に一度は休憩を入れる。

10:54、五合目。H隊員も待っており、小休止。おじさんも追いついた。おじさんは横浜から来たとの事。やはりレンタカーでまわっているらしい。二百名山を狙っているそうで夕張岳に行ってきたそうだ。話しからして、67歳。お元気だ。

おじさん「さっき、走ってる女の子がいたろう。なかなか皆いい顔してるし、引き締まったいい体しとるよなー」見るところは同じである。

五合目からはH隊員も急ぐのをあきらめたようで、鉄山・H・私の順で歩く。

11:23、四合目。11:32、三合目。鉄山はお茶が切れてしまった様子。どちらにしても弁当は食えないかな。

11:50、二合目。平らな道になるし、もう少し、と思ったのか鉄山の足取りがフラフラになる。鉄山は途中で登山ポストの幻が見えたらしく、「あそこに登山ポストが・・・」と言って近づいてみると、何にもなかった。

10:32、半月湖駐車場到着。Dscf0462

顔を洗い、トイレに行き、すぐ出発。一度停まって羊蹄を撮ったりして鉄山を比羅夫駅に送り届ける。「宿でお茶淹れさせてもらって、弁当でも食べますわ」

5分で比羅夫駅に着いた。

駅(宿)をバックに写真を撮る。Dscf0463

鉄山と握手して別れる。

さあ、出発と思ったら南谷さんの奥さんが駅舎から、南谷さんが建築中の自宅ログハウスから出てきた。

車から降りてもう一度「お世話になりました」

あとはひたすら空港へ戻るのみ。

倶知安のコンビニでペットの飲料を一本ずつ買った。さあ、今度こそノンストップで空港へ。と思ったらH隊員「クロ(私のことですね)、悪い後ろノザックから弁当出してくれ」私「はいはい。どこで食う?」H「運転しながら食っちゃうよー」私「大丈夫かよー」H「だいじ、だいじ」

本当に運転しながら弁当を食っている。「クロも食っちゃえばー!」けっこうである。焼きおにぎりとバナナ一本しか食べていないので腹は減っているが、あいにく私は車に弱い。ジュースがあればよい。

ジュースがきいたかトイレに行きたくなり、「おいちゃん、トイレ、トイレ」H「そこらへんに停めるからやっちゃえばー」私「頼むから道の駅かなんかで停めてくれ」そこまで急いでるとは思わなかった。

H隊員が急いでるのは新千歳から青森行きの飛行機に乗りたいからである。時間は充分あるはずだが。万が一ダメでも、特急乗り継ぎでも「はまなす」でも八甲田・岩木には行けるのに。

少し雨が落ちてきた。山で降られなくて何よりだった。

ガソリンがなくなりそうだ。しかしここらへんはクマも出そうな山の中である。

私「支笏湖までもつかい?」H「どーかな」私「もたなかったら?」H「JAFに電話して10リッターくらい持ってきてもらうか」

おいおい、急ぐんじゃないの?

支笏湖のGSに寄り道し、10リッター入れる。満タンにしないのは高いから。(@152円)

千歳の市内で満タンにする。(@137円)

レンタカーの「空港営業所へ」。ここからが色々とあって書けないのだが、とにかく手続きが終わってレンタカー会社のバスで空港についたのが16:40頃だったと思う。これなら青森行きの飛行機は間に合うよ。

ところが青森行きの飛行機は満席。キャンセル待ちだという。「飛行機か特急乗り継ぎか、落ち着くまで見届けてくれ」とのH隊員の依頼だったが、

H隊員「クロ、ありがとう。まあ、あとは大丈夫だ」ということでJALカウンター前で握手して別れる。

さて、私はこれからJR各駅停車でトコトコと東京方面に帰るつもりなのであるが、まずは空港の本屋で時刻表を買う。

18きっぷに日付けを入れてもらい、17:04の「快速エアポート」で一駅、南千歳へ。

上りの各駅は17:54の苫小牧行きまでない。

待合室でおにぎりや弁当を消化しながら対策を練る。各駅だと今日中に行けるのは洞爺まで。東室蘭のビジネスHにでも泊まろうか。登別で温泉もいいなー。

しかし、いつまでたっても東京に近づきそうにない。せめて函館まで今日中にたどりつけば「はまなす」があるのになー。夜行で寝てるうちに運ばれるというのがいいんだけどなー。

夜行で思い出した。フェリーはどうだろう。鉄山はフェリーで来たようなことを言ってたなー。

苫小牧発仙台行きフェリー(拓郎か!)はどうかな?苫小牧発19:00。間に合う。運賃は?7300円。まあまあ。

室蘭からはどうかな?もっと安い。でも青森までか。大洗行きもあるが、時間的には苫小牧→仙台が一番ピッタシだな。

よし、決めた。拓郎だ。「落陽」だ。一度乗ってみたかった。

JRで苫小牧着18:15。これで今日の分の18きっぷは終わりでもったいなかったが、どうせ余るから仕方がない。

タクシーで苫小牧港へ。1320円なり。

乗船名簿(兼きっぷ申し込み)を書いて7300円なりをカードで支払い、ロイズをおみやげに買ってすぐ船に乗り込む。

乗り込む前に見た船「いしかり」、デカイ!これなら揺れないだろう。

二等和室、501号室は宴会場のような部屋。そこに簡単ではあるが布団も敷いてある。「青函連絡船桟敷席」のような「ゴロ寝」をイメージしていたのでこれなら天国。ゆっくり寝られそうである。しかも60人定員のところに18人しかいない。

荷物を置いて船内探検。風呂もある。売店もある。レストラン、バー、シアター。なんでもござれである。

H隊員にメールしてみた。返事が来た。「飛行機には乗れた。今、レンタカー手続き中」とのことだ。出港し、海の上に出ると間もなく圏外になった。

さあ、風呂だ。タオル、着替えを持って「展望風呂」へ。今は夜で「展望」はきかないが。サウナもあったがぬるかったので1回入ってやめた。

さっぱりして、501号室に戻る。このままでも眠れそうだったが、夜中に腹が減って起きるのもイヤなので売店に行き、缶チュウハイとサラミを買って日記を書きながらチビチビと。

歯を磨いて寝る。消灯は22時。21時頃、寝たようだ。

「北海道篇」は終わりのはずだが、「北海道遠征第五日」として、翌日のことと後日談を書きます。お楽しみに。

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コメント

ブログ読ませてもらったよ。お疲れさん!
・羊蹄山のお鉢の淵の風はスゴカッタね!本当に飛ばされそう だったね!こんな経験も初めてだよ。
・鉄山さんのペースは自分も配慮していたつもりだよ!
・何で写真を撮る時って、いつも目を瞑ってしまうんだろ  
 う・・・?
・レンタカーのガス欠少し心配したよ。北海道は内地と違いほ とんどGSがなかったからね・・・
・苫小牧発仙台行きフェリー 一度乗ってみたいなあ。

投稿: H隊員 | 2006年9月 8日 (金) 22時26分

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