« 2006年11月 | トップページ | 2007年1月 »

2006年12月の記事

2006年12月31日 (日)

札幌に来ています。

Image_013_1
12月30日から1月3日まで休みになり、札幌の実家で正月を迎えることになりました。
30日は青梅から始発電車に乗り、大宮から仙台まで新幹線。仙台空港から新千歳空港へ飛び、お昼ころに札幌に着きました。
31日は年賀状を朝4時から80枚書いて、昼寝して、風呂屋に行って、夕方からはテレビ三昧・酒三昧。
実家には50インチのテレビがあり、紅白を最初から最後まで大画面で楽しみました。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006年12月24日 (日)

2004年12月 屋久島にて。PART7

2004年12月6日(月)、屋久島YHにてあるはずのなかった7日目の朝を迎える。

4:00頃目が覚める。今日は寒い。ふとんの中で朝を待つ。

6:00になったのでNHKのニュースを見に談話室に行く。

波はまだ高いようだが、風の注意報などは出ていないようだ。

8:30のバスもあるがあわただしいし、あせって帰っても今日は仕事休みにしてもらったし、次の10:20のバスで帰ることにする。

前日空港で仕入れた情報によると、鹿児島行きの第一便は満席らしい。

「今日中に帰れればいいや」急ぐ必要はない。

7:00頃、花田氏がバイクで出発する。

「また、どこかで会いましょう!」すぎのこ(新館)の前で握手をして別れる。

船が動けば口江良部に行ってみるそうだ。ダメなら鹿児島行きに乗る。

福井君とダイバー女性三人は「縄文杉ツアー」に行くので朝5時起きで出発していった。

YHに残っているのはT子さんと私だけか・・・

朝食を食べに本館に行く。

T子さんは現れず、自分ひとりだった。

ほっしー君、今日はお仕事だ。

ほ「昨日、彼女も町田の家についたのが12時くらいだったそうです。鹿児島からの羽田行きもかなり遅れてたようで」

帰れた人も大変だったようだ。

部屋に戻り、荷物をまとめる。忘れ物がないか点検し、6泊お世話になった部屋をあとにする。

「サヨナラ、また来るぜー」 ←部屋に話しかけているんである。

少し早めに部屋をあとにして、談話室で缶コーヒーを飲みながらバスの時間を待つ。

T子さんが現れる。

私「T子さん、いつまで島にいるの?」

T「今日のフェリーで鹿児島に行きます。10:20のバスに乗ります」

私「じゃ、一緒のバスだね」

今日は鹿児島のYHまで行くそうだ。知覧の武家屋敷などを見たいとのこと。

T子さんも出発の準備をしてもう一度談話室に現れる。手には蛇味線が。

私「これがウワサの蛇味線だね」

T「ええ」ニコッと微笑む。

受付棟の前のテーブルでPさんとほっしー君が話していた。お二人に挨拶をする。

私「お世話になりました。また来ます」

P「またいらっしゃい。季節を変えて」

ほっしーに撮ってもらった一枚。Dscf0545

あまりにも素敵なので一枚ずつ撮り合う。Dscf0546

Dscf0547_1

朝は寒かったが日が出てきて暖かい。快晴。

バス停までゆっくり歩く。「花田さんはどっちに行ったかなー」

バス停でも時間があった。話は色々と続く。

道端にツワブキの黄色い花が咲いていた。(これが屋久島なんだなー。オイラが生まれた北海道じゃあ12月には花咲かないもんなー)

10時過ぎだというのに、小学1年生くらいの子がお母さんに見送られて学校へ歩いていく。バス停のところで我々に「こんにちわー」

こんなところにも(あー、これが屋久島なんだなー)と感激するのだった。

バスの中でも話は続く。どちらかというと私がしゃべり続けていたかもしれない。

T子さんは宮之浦からフェリーに乗る。その前に空港で私が先にバスを降りる。

空港前で、バスに乗ったT子さんを見送る。今度こそ本当にサヨナラだ。バスが見えなくなるまで手を振る。

さて、昨日半日を過ごした空港だが、昨日島抜けできなかった人たちであふれているかと思いきや、意外に静かである。

カウンターのおねえさんに次の次の便のチケットを出すと、

「昨日は申し訳ございませんでした。すぐ出る便に空席がございますのでお乗りいただけますが」というので、屋久島に名残を惜しむ間もなく、あわただしく機内へ。

それからはアッという間に鹿児島へ運ばれ、鹿児島でも午後遅い便のチケットを出すと、

「「昨日は申し訳ございませんでした。すぐ出る便に空席がございますのでお乗りいただけますが」というのであわただしく機内へ。

そしてアッという間に羽田に着いた。会社に電話を入れ、

「今日は無事に飛行機に乗れたので明日出社させていただきます」

家に電話「無事に羽田に着いた」

昨日あれほど遠く感じられた東京にあっさりと、気が抜けるほど早く着いたので、本当に気が抜けた。

「2004年12月屋久島にて」に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

本当に楽しい旅でした。屋久島のトリコになって次の年も行き、またまた色々ありましたが、それはまたブログでいつかご紹介いたします。

屋久島モードになっている状態で携帯でポチポチ打った詩があります。

「屋久島旅情」←←←恥ずかしいので読まないでください。

クリックしてくださると、私もサンタもトナカイも喜びます!→人気blogランキングへ

| | コメント (12) | トラックバック (0)

2006年12月20日 (水)

2004年12月 屋久島にて。PART6

2004年12月5日(日)、6日目の朝を屋久島YHにて迎える。

今日は島抜けする日である。楽しかった旅も今日で終わり。

昨日とはうって変わって、晴天である。台風なんてどこへ行ったやら。

朝食の席で、三枝氏「もう一度滝を見に行きませんか?」

ということで、再び「滝ツアー」となる。

今日、島抜けするのは私・三枝氏・田中さんの3名。

三枝氏はJRの社員で金曜を休みにしてもらい、三連休で屋久島に来ている。大きなカメラと三脚を持ってきており、やはり滝の写真を撮りたい様子。初日はレンタカーで白谷に行き、メガネをなくしたそうだ。

田中さんは小学校の先生で三枝氏同様、金曜休みをとり三連休で来たそうだ。北海道や沖縄離島など、相当あちこちに出没している人らしい。やはりレンタカーで行動している。

田中さんは「滝はもういい」というので、「滝ツアー」へ行くのは三枝号に乗ったT子さんと私・三枝氏、自分のバイクで三枝号のあとをついてくる花田氏の4名である。

三枝号は空港で返さねばならないので、T子さんは花田バイクでYHに戻るという作戦である。

毎日お世話になる島一周の道路を三枝号が快調に飛ばす。

そのあとを花田氏のバイクがついて来る。黒の皮ジャンに黒の皮パンツが決まっている。

まずは大川の滝に向かうのだが、途中で福井君のカブを追い抜いた。そういえば福井君はカブで島一周すると言っていた。花田氏の立派なバイクに比べ、カブはやはりスピードも出ないしなんだかフラフラ走っている。

しかし、なぜだかシブイぜ、福井!かっこいいぜ、福井!これで福井から来たんだな。

大川の滝に4人が先着したが、じきに福井君もやってきた。

大川の滝は昨日より水量が多い。5人で記念撮影。Dscf0540_1

大川の滝で福井君と別れる。福井君は西部林道へカブで行くんだな。

花田氏の発案で「中間のガジュマル」に寄る。Dscf0541_1

NHKの朝ドラ「まんてん」のロケに使われたところで、TIMのゴルゴが経営する「トロピカルパーク」の入口としてドラマでは登場していた。

私「へー、そういえばそんなシーンが何回かあったなー。帰ったら『もののけ姫』見なきゃだけど、『まんてん』も見たいなー」

Dscf0542_1 ←竜神の滝

Dscf0543_1 ←千尋(センピロ)の滝

Dscf0544_1

←トローキの滝。空の青さに注目。

昨日同様、3つの滝を回ったわけだが「千尋の滝」には度肝を抜かれた。

昨日は霧で何も見えず、轟々と滝の音だけがとどろいていただけだったが、滝に向かって左手前の一枚岩のスケールの大きさ!

写真で見て知ってはいたがこれは実物を見なければ分からない大きさだ。

トローキの滝の駐車場のところに物産館(お土産屋さん)があり、花田氏は家へポンカンを送っていた。私は島で生産された緑茶をお土産に買う。

そろそろメシの時間だ。

田中さん情報の「空港のちょっと先、歩いても空港に戻ってこれる」という店を探すがなかなか見つからない。

空港は島の東側にあり、なにやらこのあたり風が強い。空は青い。

空港近くのガソリンスタンドで花田氏がきいてくれて見つけた店は、プレハブで先ほどからその前を通っていたところだった。店の名は「イルマーレ」。

だが今日は地区のお祭りで、お休みだった。

先ほどから「イルマーレ」の場所をきくためにT子さんと田中さんが携帯で連絡をとっていた。お互いに空港近くにいたようで、「イルマーレ」付近で合流。

田中さんは空港に行っていたようだ。

田「午前中の便は飛んだけど、午後の便はヤバイらしいわよ。私、キャンセル待ちおさえといたのよ」

屋久島から鹿児島へはこの時、一日6便飛んでいた。私が持っているのは第5便の16:30屋久島発のチケットである。

まだまだ時間はあるし、台風そのものははるかかなたに行ってしまったので「16:30までにはなんとかなるさ」てな感じである。

お昼は空港の食堂で食べる。男三人はカレー。T子さんはカレーうどん。田中さんは食堂の外でパンを食べてから食堂に静かに入ってきた。

13:30発の便は欠航のアナウンス。

田「天気予報でヤバイと思ったのよ。一番でキャンセル待ち取ったのよー」

確かに1番のキャンセル待ちカード(航空チケットと同じサイズ、黄色いヤツ)を持っている。「カテゴリーA」の1番。

ん、「カテゴリーA」ってなんじゃ?

田中さんの様子を見て三枝氏もキャンセル待ちをしに行った。

戻ってくると手には「カテゴリーA」の2番のキャンセル待ちカード。

オイラはどうしたらいんだろう?

二人ともかなりの旅キチで、持っているカードが「JALグローバルクラブカード」。オイラもマイレージカードやJALカードは持っているものの、そんなカードは知らなかった。そのカードがあるとキャンセル待ちの優先権があるのだそうだ。

ということは1番と2番だから、飛行機が飛びさえすれば多分乗れるということである。

田「たけぱぱさんもキャンセル待ちしておいた方がいいんじゃない?」

私「飛ぶときは飛ぶし、飛ばないときは飛ばない。飛ばなかったらまたみんなで三岳飲みましょう!」

14:30、山道具を宮之浦に返しに行くT子さんと花田氏がバイクで去って行く。三人で見送る。サヨナラー。

15:15屋久島発の便も欠航のアナウンス。にわかにあせる。

ここで自分もキャンセル待ちをする。カテゴリーBの110番。

110番て!飛行機72人乗りですじょー!

田「なんで飛行機にはつり革ついてないんだろうねー」

私「家畜扱いでいいから乗せて欲しいですね」

15:55屋久島発の便も欠航のアナウンス。かなり覚悟が出来てくる。

田「一緒に東京に帰りましょうねー」

私「一緒にYHに帰りましょうねー」

乗るハズだった16:30発も欠航。99%あきらめる。「明日欠勤」のメールを同僚に打つ。「O.K.」の返信をもらい、なんだか一気にうれしくなってくる。

「もう一晩、この島にいることが出来る」

ここで屋久島空港の様子を簡単に述べておくと、地方のJRの駅を想像していただければいいかと思う。

都会に戻ってゆく青年と見送る父・母。

孫の顔を見せに来た若い母親とジジババ。

観光客はアウトドアファッションが半分以上。

自分は、北海道の富良野駅や新得駅を思い起こした。

16:00頃、空港に福井君が現れる。

福「16:30頃の飛行機って言ってたから寄ってみました」

福井、オマエはかっこよすぎるぜ。ちょっと泣きそうだぜ。

飛ぶと思ったか、飛ばないと思ったか福井君はカブで去っていった。

最終便は17:55屋久島発。16:55鹿児島発の機材を使うので16:50頃には飛ぶのか飛ばないのか分かる。

16:30頃、YHヘルパーのほっしー君が現れる。東京から屋久島に遊びに来た彼女を空港に見送りにきたようだ。

ほっしー君、空港カウンターで何やら情報を仕入れている。

ほ「最終便、条件付きで飛ぶそうです」

条件付きということは、「鹿児島を飛び立つが鹿児島に戻ることもある」ということである。が、まわりのみなさんはホッとした様子で身支度を始めている。

これで一人取り残されかぁ・・・

そのうち、キャンセル待ちの呼び出しが始まった。

「カテゴリーAの2番まで」

「カテゴリーBの34から50番まで」

「60番まで」

「70番まで」

「80番まで」

「85番まで」

「90番まで」

「92番まで」終わった。

「キャンセル待ちは以上で終了です。明日以降への搭乗変更手続きをただいまから承ります」

三枝氏「たけぱぱさん、申し訳ないですね。一緒に帰りたかったですね」

田中さん「飛行機につり革あればいいのにねー。20分くらいで着いちゃうから立ってても全然いけるのにねー」

二人と握手して別れる。

空港カウンターで明日の飛行機に搭乗変更の手続き。

同僚・上司・屋久島YHに電話。

電話しているうちに鹿児島から飛行機が到着したようだ。

女性の乗客「もう、揺れて揺れて死ぬかと思ったー」

離陸より、着陸の方が難しいわけで、ここから飛んでいくのはそう問題ないだろう。

三本の電話をほっしー君が待っていてくれた。

ほっしー号でYHへ戻る。いろいろ話してくれたが一番覚えているのは、

ほ「オレはいつかYHをぶっ建てる夢がある」

と語ってくれたことだった。是非旅人をあたたかくもてなしてくれ、ほっしー!

19:00少し前にYHに到着。

Pさん「昨日までと同じ部屋がいいだろう。連泊料金でいいよ」

飛行機が飛ばなかった影響で到着のキャンセルが出たらしく夕食にありつけた。

荷物を205号室「モッチョム岳」に放り込み、食堂に行って見ると花田氏と今日来たダイバー女性三人組み計4名がいた。

花「やぁ、お帰りなさい!」

私「ただいま帰りました!」

これが正統YHのあいさつである。

ここに姿は見えないが、「T子さんと福井君もYHにいるよ」と、花田氏。

メシのあと、部屋でザックから荷物を出していたらノックの音、

「お帰りなさい!」ニコッ。

この旅で最も印象に残っている出来事である。

ヒノキ風呂にザブンとつかる。まさかこんなにすぐにまたこの風呂につかることになろうとは・・・

そのあと、誰いうともなく談話室に4人が集まる。

今日の出来事を語り合う。一番しゃべったのは私かもしれない。

4人でいろんな話をした。Tさん・花田氏はバイクで西部林道を回ってきたそうだ。

映画の話

「たけぱぱさん、『カサブランカ』好きですか?」

私「イングリッド・バーグマンとハンフリー・ボガードの?大好きですよ!バーグマンといえば『誰がために鐘は鳴る』のラストシーンで何度泣いたことか」

T「やっぱりね。そうだと思った」

そこにトイレから花田氏が帰ってきて

T「カサブランカ好きですか?」

花「そんな昔のことは覚えていない。そんな先のことは分からない。ってやつね。別にぃ」

T「そうだと思った」

花・私「何できくの」

T「いやー好きかなーって思って・・・ウフフ

謎の微笑みとはこのことである。

私「ビルマの竪琴も泣いた」

T「私、ビルマの竪琴を習ったことがあるんですよ。札幌にすごい先生がいて」

T子ちゃん、すごいのは貴女だ!あああっ、そういえばYHで毎朝三味線の音がしてたけど、あれはT子ちゃん?

T「そうです。沖縄で蛇味線買っちゃったんです」

ここにくる前に竹富島の民宿でバイトしてきたそうだ。

何者だ、貴女は?

10時消灯の時間になったので、201号室「宮之浦岳」にて楽しい話の続き。

ちょっと盛り上がりすぎて、隣室のダイバー三人組の部屋から、

「もう少し静かにしてください」

205号室「モッチョム岳」(私の部屋)に場所を移してまた楽しい話の続き。

11時、花田氏の「もう寝ますか」を合図にそれぞれの部屋へ戻る。

自分の部屋で飲んでいたのに写真を一枚も撮らなかったのが、今でも悔やまれる。

あるはずのなかったPART7へ続く・・・

クリックしてくださると、私もサンタも喜びます!→人気blogランキングへ

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2006年12月16日 (土)

2004年12月 屋久島にて。PART5

2006年12月4日、5日目の朝を屋久島YHにて迎える。

ひのき風呂と洗面所・トイレは新館にあるのだが、実は別棟であり短い渡り廊下を通る。

台風27号がかなり近くにいるらしく、雨と風が強くなってきた。

7:10、顔を洗いに洗面所に行くと風呂があいており、そのまま(タオル一本で)モーニングシャワー。

サッパリしたところで朝メシだ。7:30、本館に行くと私がトップバッター。

NHKのニュースを見ながらゆっくり食べる。気になるのは天気予報。最も屋久島に接近するのは今日。明日は帰る日だ。飛行機が飛ばないと困るが、明日は大丈夫だろう。

次に朝食に現れたのは花田氏。「フェリーは欠航」との情報をペアレント父さん(以下Pさん)にきいてきた。なんだかワクワクしてきた。だんだん風雨も強まってきた。

なぜ台風が近づいてくるとワクワクするのかよく分からないが、なぜかワクワクする。

その後、李さんたち、T子さん、山ヤさんたちが現れる。話題はフェリーとトッピーのこと。

フェリーは約4時間かかるが、安くて一番お薦め。ごろ寝も甲板で風に吹かれるのも「自由だ!」(右のこぶしを手の甲を向こうに向けて突き上げる)フェリーisフリーダム♪

トッピーは約2時間で鹿児島に着く(種子島経由や指宿経由もあり)。時間は短いがシートベルトで身動きが取れない。が、一日に数便あり、便利である。

で、本日のトッピーだが、なんと動いているらしい。

李さんたちはトッピーで帰るそうだ。

T子さんは島に残るとのこと。

山ヤさん二人のうち、一人は奄美の人でやはりトッピーで島を離れるそうだ。早々と出発していった。

もう一人の山ヤさん、と思ったのだが、この人は神戸の人で山ヤというより「バイク野郎」だ。35歳。部屋に戻って色々話をきいた。今日は「ゲルハウス」が気になるので行って見るそうだ。何日もバイクで行動しているらしく、出発の準備が大変だ。風貌は彦麻呂を想像してもらいたい。

世界のあちこちに放浪の旅に出ているようで、中国の奥地で危ない目にあった話、電気技師だがどうやって長期休暇をとるかという話、実の兄が自衛隊でイラクに行っているという話。

出発準備が出来たところで彦麻呂を見送る。

部屋に戻ると李さんが現れ、「次のバスで宮之浦に行きます。一緒に太鼓岩に行ってくれたので」と、バンダナと名刺をもらう。私も名刺の裏に住所とメルアドを書いて渡す。

本館前でT子さん花田氏と一緒に李さんたちをお見送り。20041211_1

←右頬と右肩は花田氏。T子さん。その向うたけぱぱ。青いザックカバー李さん。(ミッキー氏撮影)クリックしても大きくなりません。

雨の中、傘をさして李さん親娘はバス停へ。見えなくなるまで手を振る。

YHの庭においてあるイスやテーブルが飛んでいかないようにロープでしばってある。

さて、残ったのは5人である。私、T子さん、花田氏、藤沢氏、PC持込女性。

そのうち4人ほどなんとなく談話室でTVニュースなど見ていた。時々窓の外をいろんなモノが飛んでいく。

藤沢氏「皆さん、今日のご予定は?」

皆「どうしましょうか???」

藤「私の車で大川の滝を見に行きませんか?」

皆の目がキラッと光った。

皆「行きましょう!」

レインウェアを着込み、5人が本館前に集結した。

Pさん「皆すごいカッコだね。滝見に行くの?じゃあ全部見に行ってきなよ」

地図を指差してそれぞれの滝への行き方を教えてくれる。

藤沢氏運転のレンタカーで、いざ出発。

まず、PCさんが郵便局に用があるということで尾之間郵便局へ。4人車の中で待っている間、私の昨日の郵便局めぐりの話をひとくさり。

次にその近くにある「ペイタ」というパン屋さんへ。PCさんがパンを買うと花田氏藤沢氏もパンを買う。T子さんは島の人が作った歌のCDを買っている。

花田氏「滝を見に行く前に昼飯に行きませんか?PCさんおすすめのところどこかありませんか?」

ということで、麦生という集落にある「OSE」という白いしゃれたレストランへ、色とりどりのレインウェア5名がゾロゾロと。

シャンソンが流れ、明るい店内は「ここは屋久島か?さっきのドアはさてはドラエモンのどこでもドアか?」と思ってしまうような異空間。

これもまた鄙にはまれな美人女性が注文を取りに来る。

我々「すみません、こんなカッコで」

美「とんでもありません」とにっこり。

やはり、先ほどのドアはドラエモンの仕業だ。

値段は心配するほどでもなく、むしろ安いと言ってもいいだろう。他の4人は「牡蠣フライ」ランチ。私だけスパゲティのランチ。

私「一人だけ違ってすみません」

美「とんでもありません」ニコッ。

ドラエモンめ、しゃれたことをしやがる。

料理を待っている間、自己紹介。藤沢から来た男性は三枝氏。PCさんは田中さん。

料理が運ばれてくる。アラ、似たような女性二人で運んでくる。

田中さんによると、広島から一家で移住してきてレストランをやっており、美人お二人は姉妹だと。

お金を別々に払う。私の番になり、

美「いい色に焼けてますね。何焼けですか?」

私「バリ島焼けです」

美「いいなー」

ドラエモン、悪ふざけが過ぎるぜ。

どこでもドアを出るとそこは屋久島である。

第一番目は「トローキの滝へ」。お土産屋さんの前の駐車場に車を止め、遊歩道を何分か歩くと「トローキの滝」の展望台に出る。Dscf0531_1

鯛の川が直接、滝となって海に注ぐ。展望台まで豪快な音が響く。「とどろき」がなまって「トローキ」になったそうだ。

2番目は竜神の滝。Dscf0533_1

滝の音がすごい。皆の表情もすごい。表情で風雨の強さがわかっていただけるだろう。

3番目は千尋の滝。展望台まで行くが霧で何も見えない。滝の音だけがとどろいている。

4番目に大川の滝へ向かうのだが、車に弱い、とのことでT子さん田中さんをYHで下ろし、3人で大川の滝へ向かった。

地元の車は40KMくらいで走るのだが、三枝氏は60KMくらいで飛ばす飛ばす。

昨日自転車でこの近くを通った時には遠くから眺めただけだったが、近くまで来るとやっぱりすごい。ここはドロ水でなくきれいな水が落ちてくる。もっとも普段は「トローキ」も「竜神」もきれいな水なんだろうが。Dscf0534_1

これはT子さんも来ればよかったのに。田中さんは来たことあるだろうけど。

満足してYHに戻る。

夕食は楽しかった。5人のほかには稚内からきたという女性3人組がいた。

談話室で楽しい話の続き。杉のテーブルに集まり、私が買ってきた三岳五合ビンをそれぞれチビチビやりながら。若い男性が一人離れてTVを見ている。

私「シャッターお願いできますか?」Dscf0536_1 といって一枚撮ってもらい、それをきっかけに、

私「こっち来て一緒に飲みませんか?」

若者は二十三歳。福井からバイクで来たそうだ。そういえば花田氏も大きいバイクで名古屋から来ている。Dscf0537_1

花「バイクって、あのカブ?あれで福井から来たの?それはすげぇ!」

そういえばYHの庭にカブが一台あった。灰皿代わりの空き缶が洗濯バサミでハンドルあたりにくっつけてあった。

福井「走りながら濡れた物を干すのに便利ですよ、洗濯バサミ。もっと南の島に行ってバイトでもしようかなんて思ってます」

花「この時期この島に来るヤツは皆変わってるな!」

花田さん、あなたも充分変わってる。

10時消灯の時間だが、201号室「宮之浦岳」に河岸を移してまた盛り上がる。

この部屋には、花田・三枝・福井。202永田岳稚内3人。203翁岳T子さん、204黒味岳田中、205モッチョム岳私である。

三枝氏「写真送りますので住所書いてください」と、ノートをまわす。

私「何回も書くの皆さん大変だからあとで皆の住所コピ-して送ってくださいね」

三枝「はい、わかりました」

その後、三枝さんに何度か請求したがコピーは送られてこない。田中・福井の住所がいまだにわかりません・・・

11時頃、お開きになったろうか。よく隣の部屋からクレームが出なかったなと思うほど盛り上がった一夜でした。

涙・涙のPART6に続く・・・

クリックしてくださると、滝に打たれて喜びます!→人気blogランキングへ

| | コメント (12) | トラックバック (0)

2006年12月12日 (火)

2004年12月 屋久島にて。PART4

2004年12月3日、屋久島YHにて4日目の朝を迎える。

シーズンオフですいているからだろう、板長さんは新館の端の部屋に寝泊りしている。

朝、洗面に行くときに板長さんと挨拶をしてすれ違う。

YHにはテント場があり、長期滞在の若いカップルが一張り。やはり、洗面所で男子の方と挨拶する。

食堂へ行く。縄文杉ツアーの4人は5時に起きて行ってしまっているので、一人ポツンと朝食を食べる。

天気はよさそうだ。YHの自転車を1日借りて1260円。マウンテンバイクとママチャリのどちらにするか迷ったが、10時間こぐにはマウンテンバイクのサドルの小ささが「ケツ痛くなりそう」だったのでママチャリを借りた。

YHのペアレント(お父さん)「時計周りに行ってね。最初は西部林道。18時までに帰ってきてください」だって!それはどうかな?

8:05、YHを出発。

最初だけコートを着ていたが、10分も漕がないうちに脱ぐ。前のカゴにコート、背中にはザック。

「平内海中温泉」「湯泊郵便局」「湯泊温泉」などの案内板・標識などをすべて横目で見て、先へと進む。郵便局に寄りたいがまだ9時前だ。

8:47、中間の集落を通過。ここには「ちゅらさん」で有名になったガジュマルの巨木があるが・・・

9:03、栗生郵便局。本日一局目の旅行貯金。1000円を捧げる。

9:30、大川の滝バス停。バスはここまでしか入れない。ここから先がいわゆる「西部林道」である。Dscf0528_1

←バス停付近から見た大川(オオコ)の滝

さて西部林道の登り坂のキツイこと。汗だく&半分以上自転車を降りて押している。

標高200m近くまで上がるようだ。時々地図を出してまだかまだかと自分のいる位置を確かめる。

対向車はまれだがサルとシカはたくさんいる。サルは近くに行くまでなかなかよけてくれない。下り坂でかけたくもないブレーキをおサルさんをよけるためにかけザルを得ない。(笑うところ

サルに話しかけながら自転車を漕ぐ。誰か見ていたら「さみしいオジサン」そのものである。

Dscf0529 ←口永良部島が見える

口永良部島は屋久島からフェリーで行ける。民宿3件。温泉も3箇所あるらしい。いつかは行かねばなるまい。

11:32、灯台入口通過。屋久島灯台(永田灯台)の白い姿を横目に見る。「自然そのもの」を除けば西部林道唯一のハイライトである。

11:40、西部林道もう少しで終了というあたりでYHヘルパーのほっしー君の車と出会う。

ほっしー「今日は休みなんですよー。東京から友達が来てて。まあいいペースじゃないっすか」

ほっしーはヒゲを伸ばし、目がギョロっとしているので仲代達也みたいである。

知ってる人に会って少し元気が出る。

西部林道の終わりは当然のことながら下りである。思わず声が出る。

「ギャー」「わおう」「ヨンちゃん、ペ!」最後のはギター侍である。

11:55、永田郵便局。そろそろ何か食べてもいい頃だが「これは」という食い物屋がない。Dscf0530_1

←永田からは永田岳が見える。他の集落からはいわゆる奥岳(宮之浦や永田・栗生岳など)は見えない。唯一永田から永田岳が見える。

12:08、いなか浜。きれいな砂浜である。海亀の産卵地である。海水浴場でもある。ミカンが一個ザックに入っていたので砂浜に腰をおろして食べる。

13:10.一湊局。我が家に電話を入れてみる。何も変わりないとのこと。

13:50、志戸子簡易局。おばちゃん局長が「気をつけてねー」と優しい言葉をかけてくれる。

14:20、宮之浦の集落に到着。素晴らしい都会に見える。

かなりくたびれてきた。

「ヤクデン」でサンドイッチとコーヒーとお茶を買う。公園にドッカと腰を下ろし、サンドイッチとコーヒーの昼食。そういえば昼飯食べるのを忘れていた。

14:40、宮之浦を出発。18;00までに帰るのはきびしいなー・・・

15:25、小瀬田局。ここで郵便局めぐりは本日打ち止め。Dscf0665

←この残高が懐かしい・・・

小瀬田局に寄った直後、空港近くの「トヨタレンタ」の前でチェーンがはずれてしまった。汗だくになり、手は油まみれになり、四苦八苦していると通りかかった「トヨタ」の方がドライバーを持ってきてくれ、チェーンカバーをはずし、チェーンを元に戻してくれた。

本当に何と言ってお礼をしたらいいのか・・

涙が出てきそうになった。

20分くらいロスをしただろうか。お礼のことはあとにして先をいそがねばならない。

気を取り直して慎重に漕ぎ出す。

少し薄暗くなってきて16:30、安房着。トイレによって、カロリーメイトをお茶で流し込み最後の一踏ん張り。

17:30頃、完全に暗くなった。心細くなった。

ここからがものすごく長く感じられた。追い抜いてくトラックのバカヤロー!

18:25、YH到着。

ミッキーさん(YHマネジャー)がカメラを持って待っていた。20041207

←島一周してきたたけぱぱ。クリックしても大きくなりません。

顔だけ洗ってすぐ夕食の席に着く。今日は生ビールだけにしておく。

18:00からの夕食に遅れたし、まだ疲れというか余韻が残っており、食がすすまない。

T子さん「たけぱぱさん、今日はさすがに疲れてますね!」

縄文杉チームは韓さんの足が少し痛くなってペースダウンしたそうだ。帰りに尾之間温泉に寄ったそうだ。ガイドさんの話をずーっとT子さんが訳していたそうだ。一番後ろの花田氏はガイドさんの声が聞こえなくてもT子さんの英訳で内容がわかったそうだ。楽しそうだ。

風呂のあと、また談話室に集まるかと思ったのだが(疲れているのかな)、談話室は山を登ってきた人(50歳くらいか)と、これから山に入ろうという人(35歳くらい)の男性二人。他にあとから藤沢から来たという男性のみ。少し離れたところで女性が持ち込みPCでネットをやっている。

今日は山ヤ3人が同室。花田氏と藤沢氏が同室のようだ。

疲れているはずなのになかなか寝付かれず・・・

怒涛のPART5に続く・・・

クリックしてくださると、鼻水たらして喜びます!→人気blogランキングへ

| | コメント (18) | トラックバック (0)

2006年12月10日 (日)

2004年12月 屋久島にて。PART3

2004年12月2日、屋久島YHで3日目の朝を迎える。

一人で白谷雲水峡に行くつもりで、前日おおよその計画は立てておいた。

朝食の席につく。

ここで少しYHの建物の解説をしておくと、

①受付棟(ペアレント夫妻が住んでいる)

②本館「すぎのき」(食堂・宿泊の部屋・風呂)

③別館「すぎのこ」(宿泊棟)

④新館「すぎやま」(宿泊棟・ひのき風呂・談話室)

他にもあるが省略して、今回は12月ですいているので宿泊は全員④の新館である。

ご飯は②の本館でいただく。

さて、朝食は昨晩と同じく私・女の子・韓国の母娘の4人だった。

こじんまりとしており、当然のことながら「どちらから?」もしくは「今日はどちらへ?」という会話になるわけです。

母娘は早めに食べ終わり、席を立った。

ではでは、私から女の子へ「どちらから?」と訊こうと思ったら、女の子の方から、

「今日はどちらへ?」と訊かれました。

私「白谷雲水峡です」

女の子(以下、T子さん)「どうやって行くんですか?」

私「タクシーで」

T「なら、一緒に行きません?」

ということで、母娘とはもう一緒に行く話がついていたらしく、4人で行くことになった。

YHからバス停までは少し歩くので8:31発のバスに乗るから8:10に談話室集合である。

一人で行くつもりが急に4人になったので「心ウキウキ」状態で準備をする。

「平内入口」というバス停から島をほぼ1周するバスに乗る。島の西側は「西部林道」になっており、一般車は通れても大型のバスは通れない。

毎日お世話になる島一周の道路をバスで宮之浦方面へ。

行きのバスではT子さんの隣に座る。

屋久島へ行く直前にバリ島へ行っていたのでその話から。T子さんは札幌の人だそうで、どうやら私が中学生くらいにウロウロしていたところの近くにお住まいのようだ。南の島で超ローカルな札幌西部の話で盛り上がる。

約1時間10分バスに揺られ、宮之浦に到着。T子さんと話してたのでアッという間だった。

「ヤクデン」というスーパーで弁当や飲み物を買う。カップ式のインスタントコーヒーが欲しかったが売っておらず、スティックタイプのコーヒー・シュガー・クリームを買う。

宮之浦の「まつばんだタクシー」事務所へ行く。昨日お世話になったのは安房の事務所である。

前に私、後ろに女性三人が乗ってタクシー出発。

事務所が違うので運転手さんは昨日と違って若い人である。

運転手「どこにお泊りですか?」

私「YHです」

運「そういえば昨日うちのタクシーが縄文杉に行く人を朝5時に迎えに行ったって言ってましたねー」

私「それは私のことですが、縄文杉ではなくて宮之浦に登ったんです」

そして帰りに島のお母さんに車で拾われたこと、11月まではバスで白谷へ来れたこと、15時にまた「白谷広場」に迎えに来て欲しいことなどを話しているうちにアッと言う間に白谷広場に到着。

天候は曇り。気温は10度前後だろう。風はないので長袖のカッターシャツ一枚でOKである。

白谷の入口に管理事務所があり、一人300円を払い、「東京から」「北海道から」。

母娘の分はT子さんが「韓国から」と言ってくれた。

10:39、白谷広場発。いろんな人が使ったであろう杖がわりの棒がころがっているので一本使わせていただく。

T子さんは「もののけ姫」の「太鼓岩」まで行きたいらしいが、あとの二人は歩けるだろうか?私とT子さんとの地図を見ながらのそんな相談を、逐一英訳して伝えている。ウーン、なんかスゴイ人だT子さん。

まあ、いけるところまで行ってみよう。ということで「太鼓岩」めざして歩き出す。

52歳のお母さんは韓さん(ハンさん)。娘さんは26歳だったかな李さん(イさん)。

途中、休憩は入れるが、時間の制約があるので前を歩く私とT子さんがどうしても「急ぎ目」になる。振り返り、自重しながら歩く。

時々植物の「解説板」などがあり、休憩がてら見ているとそれもT子さんが英訳して伝えようとしている。鹿がいる。Dscf0519_2 左は私撮影。右は李さん撮影。

100_0099s_1

12:05、辻峠。ここから4時間歩けば縄文杉に会える。しかし今回の私の日程には縄文杉は入っていない。

雨がパラついてきた。が、カッパを着るほどではない。

ここから太鼓岩への登りはややキツイ。木につかまりながら高度を稼ぐ。

12:24、太鼓岩。だれもいない。

お湯を沸かしている間に、弁当を食べたり撮影をしたりと忙しい。コーヒーを皆さんにごちそうしたいがシエラカップ一個とテルモスの蓋しかない。シエラカップ一個で母娘回し飲み。蓋で先にT子さんに飲んでもらい、T子さんもその様子を察して

「急いで飲みますねっ」

気をつかわせ、申し訳なし。あとで私もコーヒーいただきました。でもうまかったす。

景色の方は霧がかかり、今ひとつ。Dscf0522_1

←小杉谷

そのうちに1パーティ登ってきたので4人で記念撮影。Dscf0521_2

13:00、太鼓岩をあとにする。

13:39、もと来た道を戻るか「原生林コース」に行ってみるかの分かれ道。T子さん情報では白谷広場まで1時間半。T子さん訳「ディファレント・コース」

「よし行こう!」絶対こっちの方が面白い。

行って正解。もののけ姫の世界そのものである。

14:00、奉行杉のあたりで他のパーティに追いついたときにT子さんが「あとどれくらいで着きますか?」と訊いてくれて「あと1時間」との答えをもらう。

皆ほっとしたのか写真をどんどん撮り出す。Dscf0524_114:23、三本足杉。

Dscf0525 100_0070s_1

100_0072s

左2枚は私のカメラ

右2枚は李さんのカメラ

100_0074s←飛竜落しの滝をバックに。李さんのカメラ

14:55、白谷広場到着。先ほどの運転手さんが待っていてくれた。

↓その運転手さんに撮ってもらった一枚。

Dscf0526_1

タクシーの中で運転手さんとの会話。

運「YHはどれくらいで泊まれるんですか?」

T「2500円です。」

運「民宿の方が安いわね。ご飯はどうですか?」

皆「おいしいですよ!風呂も気持ちいいし!」

やはり、皆そう思ってたんだな。

運「ところでガイドさんは英語できるんですか?」

ヘッ?ガイドさんて?オイラのことか?

私「私のことですかー?私ガイドじゃありませんよー。YHで一緒になっただけですよー」

まんざらでもないが・・・

そういわれてみると一人だけ山ヤさんらしくはあるかな。それにバリ島行ったばかりで顔黒いからね。

宮之浦に李さんが会いたい人がいるらしく、私の携帯が通じるところになったら携帯で連絡するから貸してくれと。

ところが環境関係の「○○センター」にいるらしいのだが、「環境文化村センター」なのか「環境保全センター」なのかどっちだろう?と、李さんとT子さんで話している。「和田さん」という名前が聞こえてきて、

運「和田さんなら知ってますよ。環境文化村にいますよ」

皆「なんで知ってるんですか?」

運「一度、通訳をたのんだことがあるし、飲み屋で一緒になったこともあるんですよ」

携帯が通じるようになったところで無事、和田さんと連絡がとれた。

15:25頃、「環境文化村センター」に着いた。

まず、大型スクリーンで屋久島の映像を見てくれとのこと。

和田氏「500円かかるけど、いいですか?」

皆「問題ないです」

4人だけで大きな会場を独占して、素晴らしい映像を見ることが出来た。これで500円はまったく文句ない。

が、バスの時間が・・・

15:50、和田さんが時間を告げに来てくれ、映像は少し最後が見れなかった。

ロビーで李さんが韓国からのお土産を渡す。李さんも環境関係のお仕事らしい。

500円払おうとしたが、「最後まで見れなかったし、いいですよ」 アララ・・・

バス停まで和田氏に見送られ、帰りのバスは居眠りをしたり、ミカンを韓さんからいただいたり。山歩きの途中でもお菓子をたくさんいただいた。こちらはあげるものがなくて申し訳ない。

島一周の道路のところどころに赤い花が咲いている。

T子さん「あれなんという花ですか?」

私「椿です」札幌では椿咲かないもんなー。

YH到着後、風呂。まったく気持ちいい。この年の流行語「超気持ちいい!」

生ビール・焼酎をいただきながらおいしい夕食。ホントにおいしい。そして三人娘(一人52歳だが)との楽しい会話。英語がもっとうまければなー。名古屋から来たという男の人(花田氏)も話に加わる。

花田氏「明日は皆さんどちらへ?」

3人娘「縄文杉ツアーです」

私「島自転車1周です」

一同「エーッ」

花「やめた方がいいですよ、西部林道はけっこうアップダウンありますよ」

私「なんとかなりますよ」

それをきていたのかヘルパーの「ほっしー」君、

「10時間ですね。大丈夫ですよ」

一同「10じかーんー」

こちらはそれよりも「オイラ以外みんな縄文杉かー。どうしようかなー」と心が揺れ動いていたのである。

新館談話室で話の続き。ビールを飲みながら、韓国と日本の違い・チョナンカン・隣の口永良部島のことなど、話は尽きない。

そのうちにこの談話室で明日の「縄文スギツアー」のオリエンテーションが始まった。

自分は少し離れてそれを見ていた。

「一枚撮っていいですか?」Dscf0527_1

←オリエンテーションの様子。真ん中はYHのマネジャー

今日も同室者なし。山登りは朝早いからということで分けられたようだ。でも明日は縄文杉ツアーの人たちは5時起きらしい。

私は朝飯をいただいてから出発の予定。どういう回り方をするか、どこに寄っていくか、ざっと計画を立てて就寝。

PART4へ続く・・・

クリックしてくださると、身をよじって喜びます!→人気blogランキングへ

| | コメント (16) | トラックバック (0)

2006年12月 5日 (火)

2004年12月 屋久島にて。PART2

2日目(12月1日)、4時半起床。星がきれいだ。若干、雲がある。

5時にYHまで「まつばんだタクシー」を呼んである。

島を1周する道路を宮之浦方面へ。

まず「あさひ弁当」に寄り、たのんであったおにぎり弁当を受け取る。

タクシーは暗い山道を、ウトウトしている私を乗せて高度をかせぐ。

6:20頃、淀川入口に到着。まだ薄暗い。

親切な運転手さんが「弁当、車の中で食べていいよ」と言ってくれたがお断りして、ヘッドランプを点けてもそもそと弁当を食べる。おにぎり2個のほかにさつま揚げ・とり唐・サケ・ゆでタマゴとなかなかのものである。

寒い。風はないようだが、まだ日が昇っていない。

6:40、ようやくヘッドランプのいらない明るさになり、コートを着たまま歩き出す。

そのうち日が昇り、日が射してきてコートを脱ぐ。

7:20、淀川小屋。川で水を汲む。ウマイ!この島の水は水道の水でもうまい。小屋からラジオが聞こえてくる。泊まっている人がいるようだ。淀川入口には車は2台しか停まっていなかったので、それほどいないと思われる。

8:30、高盤岳展望所。頂上に印象的なトーフ岩が見える。601n0010

←高盤岳、トーフ岩

8:45、小花之江河。8:59、花之江河。南の島の高層湿原だ。

15分ほど歩くと黒味岳別れ。道の傍らにザックが3つ置いてある。黒味の頂上を見ると人影がある。2台の車のうちの1台のパーティだろう。往復50分ほどあれば行けるが、日帰り登山の予定では時間がない。シャクナゲのきれいな所だそうである。

9:46、投石平。ややくたびれてきた。どっかりと腰を下ろし休憩。黒味岳の「枯存木」が目を引く。

投石平を過ぎた頃から写真で見た宮之浦岳らしき姿が見えてくる。

ヤク鹿がいる。全く逃げない。こわいくらい道の近くにいる。道から離れるまで待った。

10:40、翁岳直下の最後の水場。透明なビニールのホースをつたってウマそうな水が流れている。それは「こんな高いところに」と思わせるほど翁の頂上に近いところにある。ペットボトルにくんで一口飲んでみる。

「これはウマイ!」500mlのペット半分くらい飲んで、また満タンにして、元気回復。あと少しで宮之浦だ。

日が射しているので暖かいが、何箇所か氷の張っているところがある。忘れていたが今日から12月である。

登りがやや急になって11:13、宮之浦岳頂上到着。

淀川入口からここまで誰にも会わなかった。晴れてはいるが雲があってあまり視界はきかない。百名山の存在を知り、山登りを始めてから30年。いつかここに立つ日が来るとは思っていたが・・・

まずおにぎり弁当を食べる。朝食べたものと同じだが、ウマイ。

お湯を沸かしカップラーメンを食べる。コーヒーを一杯。じわじわと喜びがこみ上げてくる。メールできるかな?出来る!家族・友人に登頂メールを送信。

セルフで記念撮影。Dscf0518 50分休憩した。だれも登ってこなかった。12:03、名残惜しい頂上をあとにする。

20分くらい下ったところで黒味岳に登ってきたであろう三人パーティが登ってくる。男性二人、女性一人だ。アレ、女性の顔には見覚えがある。ルミ姉だ!

男性の一人が「アレ、どこかで抜かされたっけ?そっか、俺たちが黒味に行ってたときかあ」

私「多分そうです。私が黒味別れを通ったときにザック置いてありましたから」

それにしても同じ日に登るんなら言ってくれればよかったのに。一緒に登る人たちに遠慮があったのかな。でもタクシーで行く事は知ってたんだから、こっちの財布のこと考えれば、声くらいかけてほしかったなー。

ルミ姉一言「早いデスネ!」私「いや、ヘロヘロですよ!」

心とは裏腹にそんな会話をかわす。

12:32、先ほどの水場。またペット2本満タンにする。

13:18、投石平。

13:45、黒味別れ。

14:01、花之江河。14:12、小花之江河。

15:12、淀川小屋。

15:51、淀川入口到着。

ここから屋久杉ランドまで2時間くらい歩き、そこの公衆電話からタクシーを呼ぶつもりだ。

寒くなってきた。道の両側はスギだらけ。しかし北山杉みたいなのを想像してはいけない。クネクネと枝が伸びているのが「もののけ姫」の世界そのものだ。

暗くなってきた。心細くなってきた。ヘッドランプを出そうかという頃、17:15、小型車が後ろから来て横に停まった。

「乗っていきなさい。まだまだあるよー」

助かった。

柴刈りに来ていたというご夫婦で、お父さんの方はあまりしゃべれない様子。お母さんが運転で、お父さんが助手席。

お母さんが「どこから来たの?どこに泊まってるの?会社は今休みなの?」といろいろ話しかけてくれる。

お父さんは黙って手を出して、私にお菓子をすすめてくれる。

これが屋久島だ。

最後にお母さん「ユースホステルまで行ってあげたいんだけどね。待ってる人がいるもんでね」と、逆にあやまりながら「まつばんだタクシー」まで乗せてくれた。

タクシーの運転手さんは朝と同じ人。真っ暗な中をYHまで運ばれる。

YHではもう夕食が始まっている。荷物を部屋に置いてすぐ食堂へ。

生ビールがうめえのなんの!もちろん「三岳」も一合いただきました。そしてもちろんメシもウマイ。こんなYHなかなかないでしょう。

夕食の席には私のほかに女性一人と韓国から来た母娘。少し英会話してみました。

メシのあとのヒノキ風呂がまた気持ちいいんだな、これが!

さて、明日の予定だが、白谷雲水郷である。メインの宮之浦は天気にも恵まれ、地元のお母さんにも助けられ、無事終わった。明日から気ままに観光だ。

朝は早起きだったし、日中は歩いたし、酒も入っているし、早めに寝た。

今日は同室者は無し。

PART3へ続く・・・

クリックしてくださると、とっても喜びます!→人気blogランキングへ

| | コメント (14) | トラックバック (0)

2004年12月 屋久島にて。PART1

2004年12月、今からちょうど2年前のこと。

宮之浦岳に登りたくて屋久島に行った。

5泊6日の予定だったが大風が吹き、6泊7日になってしまった。島抜けするハズだった飛行機が飛ばなかったのだ。

1日目(11月30日)、羽田→鹿児島→屋久島、飛行機で11時頃到着。役場でバスの時刻表をコピーしてもらい、昼は「かぼちゃ屋」でとんこつラーメン。バスで屋久島ユースホステル(YH)に向かう。

島の南側(岳南)にYHはある。

次の日にこの旅の主目的である宮之浦に登るので、登山届け・タクシーの手配・弁当の予約などをYHに着くなり済ませる。

さて、まだ時間がある。計画を練っていたらYHヘルパーの「ルミ姉」が部屋にやってきた。

ルミ姉「明日宮之浦に登るんですか。タクシーで行くんですか?」この時はなぜそう訊いたのかわからないままだった。

早めに到着したのでYHの自転車を借りて尾之間温泉へ。601n0008

モッチョム岳の麓、湯船の下からこんこんと熱い湯が湧き出すいい湯である。おじいさんが話しかけてくるが1割くらいしか理解できない。

この日のモッチョム岳にあたっていた夕日の色が忘れられない。601n0009

YHにはヒノキの風呂があり、気持ちいいことこの上ない。また風呂に入る。

そしてYHの食事は板長さんがいて、おいしいことこの上ない。島の焼酎「三岳」をチビチビやりながらおいしくいただく。

同室の青年はテントとバイクでもう2週間くらい島にいるそうだ。明日、フェリーで島抜けするとのこと。

明日は5時にタクシーを手配したので早めに就寝。

PART2へ続く・・・

クリックしてくださると、すごく喜びます!→人気blogランキングへ

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2006年12月 3日 (日)

銀河鉄道

2006年12月1日、渋谷LE.・DECOに

「害獣芝居」旗揚げ公演「銀河鉄道」というお芝居を見にいってきました。

山の好きな学生さんで女優さんが出てらして、お招きにあずかったというわけです。

お芝居なんて17年くらい前に「夢の遊眠社」見に行って以来だし・・・

でもとっても面白かったです。

Train_ind_1 

観客は100人くらいですかね。

舞台でなくギャラリーの1室でやる感じ。役者さんがすぐ近く!

会場に入っていくなり女優さんたちが「眠っている状態」でスタンバっており、いきなり度肝をぬかれました。

芝居の内容は想像におまかせいたしますというか、見てもらうしかないわけだが(これを書いている12月3日が楽日)、正直

圧倒されました!

若い役者さんたちに元気いただいてきました!

皆さん若くて美人でした!

さあこれからお仕事がんばろう。

これは仕事中に書いたんじゃありませんよ。念のため。

クリックしてくださると、歓喜の涙を流して喜びます!→人気blogランキングへ

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2006年12月 1日 (金)

クライネシャイデック 1987年10月27日

またまた、涙が出ちゃう写真を一枚。

Dscf0660 1987年10月、社内の「懸賞論文」でヨーロッパに行くこととなった。

商業労連のツアーにわが社から7名参加。

ロンドン、ミラノ、チューリッヒ、デュッセルドルフを2週間かけて見てまわるというものだった。

堅苦しい「商業視察」ばかりでなく、観光する時間もあったわけです。

当時はまだ20代、百名山も22座しか登っていない私でした。

そして旅も4分の3くらいのところでしょうか、待ちに待ったお山の日。

チューリッヒのホテルからバスで約2時間、ラウターブルンネンへ。電車でクライネシャイデックへ。ここで登山電車に乗り換えてユングフラウヨッホへ向かうわけだが、この写真は待ち時間にクライネシャイデックで撮ったものです。

写っているのは同じ会社の女の子M子さん。と20代のたけぱぱ。M子さんも今では二人の息子の母親。

でもなんか恋人同士みたいな写真じゃあーりませんか?

M子ちゃんのダンナが見たら嫉妬するかも?

でも二人は決してそんな仲ではありませんでした。念のため。

日本食が恋しくなってる頃で、この日の夜韓国料理屋で食べた白いメシがことのほかウマかったのを覚えています。もちろん、毎日ワインガブ飲みでした。

クリックしてくださると、随喜の涙を流して喜びます!→人気blogランキングへ

| | コメント (18) | トラックバック (0)

« 2006年11月 | トップページ | 2007年1月 »