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2008年10月の記事

2008年10月30日 (木)

大菩薩嶺へ。(速報)

「男女6人秋物語」となりました。

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2008年10月29日 (水)

常念岳・蝶ヶ岳(本編その1)

私の所属する「業界」はお盆も正月も関係ない。休みは平日中心に交替でとる。

その代わりということなのであろうが、私が給料をもらっている会社には「年休」があり、年に12日間連休を2回もしくは6日間連休を4回取れるようになっている。

4月~9月(上半期)で6日間なら2回、12日間なら1回。

10月~3月(下半期)で6日間なら2回、12日間なら1回。

今年の上半期、4月の6日間は屋久島へ。7月の6日間は尾瀬と木曽駒へ。

そして下半期は10月に6日間、1月に6日間の年休をもらえる運びとなった。

1月は来年のことなので置いといて、10月は自分の希望である。寒くならないうちにもう一度北アか南アに足を印したい。出来れば10月11~13日の三連休に「ワイワイ山行」をしたいな~

などと考えたが、蓋をあけてみると10月7日~12日の6日間だった。

「業務優先」と言われれば致し方ない。

そこで、「11~12日の二日間でお山に行く人いませんか」と呼びかけていたところ、29年の付き合いになるH隊員から「常念・蝶に行かないか」と声がかかった。

かじゅさんも行くとのことだ。かじゅさんとH隊員は8月の荒川三山~赤石で一緒に登っている(私はその頃仕事のお山)。

かくして久々の女性抜き男性三人だけでの山行となったわけだ。

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2008年10月10日(金)、八王子駅南口に22時に集合し、H隊員の車で登山口まで行く予定。

三股の駐車場にテントを張るつもりなので大ザックにテント・シュラフなどを、中ザックに雨具や防寒着などを入れ、二つのザックを持って21時頃青梅の家を出る。

青梅線・八高線を乗り継いで八王子へ。南口に下りていくとH隊員号が待っていた。

かじゅさんから「少し遅れる」旨のメールが入る。

やがて22時少し過ぎにかじゅさんが大きいザックを背負って現れる。

H隊員「かじゅさん、ずいぶん荷物多いね。何が入ってるの?」

かじゅ「シュラフとか防寒着ですが、シュラフは車に置かせてもらうつもりなのでたいしたことないです」

私「コンビニ寄っていきます。かじゅさんも行きましょう」

丁度『おにぎり100円セール』をやっていたコンビニで明日の朝・昼メシと明後日の朝、計6食分を買う。ついでにつまみとビールも。焼酎は昼間仕入れてある。

かじゅさんはコーヒーなどを買って会計を済ませたが、私がビールを買っているのを見て、

か「それって、今から車の中で飲むヤツですか?」

私「そうですよ」

か「じゃ、ボクも買おうっと」

かじゅさん、H隊員や私に遠慮はいらないのであるよ。

22:30、H隊員号は八王子駅南口を出発。

高速に入るまでの間ももどかしく、かじゅさんと私は缶ビールで乾杯だ。

私「H隊員、スマンねえ。運転手は飲めないもんなー」

H「なーに、ダイジだー。オラは向こうに着いて缶ビール一本飲めば充分なんだからー」

H隊員号は夜の中央FREEWAYを順調に走る。

諏訪湖S.A.でトイレ休憩。お~、ここは何日か前に槍に行くときに『さわやか信州号』で寄ったところではないですか。すでになんだか懐かしい。

長野自動車道に入り、豊科I.C.で高速を下りる。

三股登山口に着いたのは11日(土)AM1:20。

駐車場は70台駐車できるのだが、半分くらいは埋まっているようだ。何しろ世の中は体育の日がらみで三連休だ。私は13日(月)は仕事だが。

トイレの近くにH隊員号を止め、車の後部すぐのところにテントを張る。少し雨が降ってきている。

かじゅさんと私がテントに、H隊員は車に寝るわけなのだが、H隊員は早くも寝る体制なので、かじゅさんと私で寝る前の『儀式』(酒盛りとも言う)を始める。話すのは「山仲間の誰と誰があそこへ行った」とか「今度はあそこの山へ行きたいね」とか、山の話ばかりなのであるがこれが楽しいのである。

1時間くらいは梅酒(かじゅ)と芋焼酎(私)をちびちびやりながら起きていたと思う。だから2時は確実にまわってからお開き。歯を磨いてシュラフにもぐり込む。テントをたたく雨の音を子守歌にあっという間に眠りに落ちる。

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2008年10月11日(土)、5:00にH隊員に起こされる。当然のことながら酒が残っています。雨も止んでいない様子。さほど強くはない雨である。

シュラフをまとめ、その他の荷物をとりあえずH隊員号に運び入れます。

テントをたたみ、これもとりあえずH隊員号へ。

その間にもH隊員とかじゅさんは朝飯を食ったり荷物のパッキングをしていたようだ。

酔いの残る状態で私もパッキング。食欲はない。1.5リットルの水筒に水を入れる。

かじゅさんは水を4リットル持ったらしい。Dsc03487_40

←トイレのすぐ脇がH隊員号。Dsc03488_40

←雨はやがて止むだろう。

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←6:05、「ファイト~、マッスル、マッスル!」で気合を入れて出発。

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←最初は林道歩き。Dsc03490_40

←赤・黄・緑の錦。

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←6:19、三股。登山届けを記入提出。

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←この標識の向こう側にもう一つ「常念岳」と書いてある。

ここから常念へ向かう。

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←H隊員・かじゅ・私の順で登っていく。

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←大きなカエル。ブレ写真で申し訳ありません。

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紅葉を愛でつつ登っていくわけなのだが、酒が抜けていない。ただでさえ快調に登っていく二人についていくのがやっとの有様だ。

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←バシバシシャッターを切るかじゅさん。

小雨が降り続く。Dsc03501_40

←ゴゼンタチバナの赤い実。

しかし9時頃には完全に雨も止み、「予報どおりですね」と三人でうなずき合う。

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←青空も見え出す。H隊員の「雨男パワー」も最近は長く続かない。

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←快調に歩くH隊員を撮るかじゅさん。

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←9:20頃、樹林帯を抜けハイマツが現れる。相変わらずH隊員は快調に飛ばす。「腰痛が心配だ」と言っていたが全く問題なさそうだ。

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←前常念の直下に避難小屋がある。

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←10:10、前常念岳に到着。ここには三角点がある。

腰を下ろして休憩。おにぎりを頬張る。

ここでメモ帳にはさんであったボールペンをなくしてしまったことに気がついた。したがってここからのタイムはカメラで撮った記録とH・かじゅのお二人の記録がたよりである。

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←前常念にて。すわったかと思うとすぐ立ち上がる、元気な二人。

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←シラタマノキ

前常念から常念への稜線を歩いているうちにガスが晴れてきた。

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←右前方に手前から横通・東天井・大天井。

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←ここから常念小屋への道を歩く人は少ないようである。赤ペンキで×がついていた。

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←11:00、常念乗越に常念小屋が見えてきた。

次の瞬間、先頭のH隊員から声が上がる。

H「槍だ。槍が見える」

かじゅ「エッ、エッ」と言って走っていく。

私も走る。

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←槍が見える。Dsc03514_40

←アップにしてみました。

何度も「ヤリー、ヤリー!」と大人気なく騒ぎました。

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←そしてやっと常念の頂上も姿を現す。

しぶとく「ヤリー、ヤリー!」と叫んでいると常念の絶壁に跳ねかえった自分の声が聞こえました。

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←11:10、常念乗越から来る道との合流点。

ここからいきなりスピードを上げ、私が先頭で山頂に到着しました。山に来ると子供になっちゃいますね。今回は男ばかりだし。

11:15、常念岳山頂に到着。20年ぶり2回目の常念です。

登ってきたH隊員・かじゅさんとがっちり握手をかわす。

私「おめでとう、H隊員。ここで71座だったよな?」

H「その通り。よーく覚えてるねぇ」

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←常念山頂にて。穂高の頂上は雲の中ですね。

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←かじゅさんに一枚撮ってもらった。二人合わせてもうすぐ百歳である。あと20年くらい登れるかな~

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←横通・大天井方面。

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頂上でお昼にする。おにぎりとインスタント味噌汁だが、なんというゼイタクなお昼だろうか。槍を見ながらのお昼だ。

せっかくだからコーヒーもいただく。まったく言う事なし。

12:05、頂上をあとにする。

少し風があったので合羽のフードをかぶり、帽子が飛ぶのを抑える。

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←この稜線をずっと歩いていく。

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←やがて風も弱まり、ますます快適な稜線歩きだ。

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←常念を振り返る。

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←常念をバックに。三台のカメラでかわるがわる三脚で撮りました。

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←このあたりの紅葉はしびれるほどキレイでしたよ。

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←何度も常念を振り返る。

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←14時頃、蝶槍が見えてきたところで小休止。蝶槍までまた登るなぁ~。

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←蝶槍への登り。

登るにつれて槍の頂上にかかっていた雲がまたとれてきた。

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←振り返ると槍が。

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←三週間ほど前に歩いた槍沢もハッキリ見えるではないか。これにはまいった。

槍の穂先を見る。槍沢にずーっと目を落として行く。それだけで涙がこぼれそうだった。歳をとると涙腺が弱くなってしまって、いかんいかん。

14:40、蝶槍の頂上に到着。小休止。

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←今回の山旅のベストショット。蝶槍にて。

だんだん太陽が斜めに当たるのを感じつつ稜線を歩く。

槍と槍沢を眺めてはため息をつく。その度に二人から遅れる。

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←15:00横尾分岐。

だんだん槍・槍沢が離れてゆく。名残惜しく何度も振り返る。

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←15:27、小屋が見えた。

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←15:30、蝶ヶ岳ヒュッテに到着。

山靴を脱ぐ瞬間は足に羽が生える瞬間である。

受付をすませると小屋のスタッフがカイコ棚に案内してくれる。

カイコ棚の2階だが、ゆったりと眠れそうだ。荷物を置く場所もたっぷりある。

私ははいてきたズボン一丁しかないので着替えも必要ない。二人の分のビールも買ってくる。布団の上にカッパを広げその上につまみを並べ乾杯だ。

「お疲れ山!」

かじゅ・私はロング缶。H隊員はレギュラー缶。

ちびちびやりだしたが、H隊員はズボンの上にカッパをはいていたため乾かなかったようで、気になっている様子。

玄関近く、売店の前のストーブ前で飲もうということでつまみとビールを持って移動。かじゅさんと私は山仲間のウワサ話や次の山行などのおしゃべりタイムなのだが、H隊員はズボンを乾かすことに気を取られている様子である。

ビールがなくなってかじゅさん梅酒・私焼酎という「テントの儀式」の続きに移ったが間もなく17時から晩飯タイムだ。

食堂に持って行って飲もう、と思ったが張り紙がしてあり、

「本日の酒類のお持込はお断りいたします」だと。

回転が悪くなるから致し方ないのだろう。

梅酒と焼酎をカイコ棚に戻し、食堂に入る。

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←蝶ヶ岳ヒュッテの晩飯。

三人肩を寄せ合っておいしくいただく。出来ればちょっと飲みながら食べたいところだが・・・

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カイコ棚に戻らずに外に出てみた。

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←槍の穂先が夕空に突き刺さっていた。

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←槍のアップ。ボケました。

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←穂高も頂上まで見えている。

こりゃあ、明日も天気いいよ。

カイコ棚に戻る。H隊員が真ん中に寝る。かじゅさんも少し飲んでいたようだがやがて布団にくるまった。私も眠いはずだ。かじゅさんによれば寝たのは3時。

2時間くらいしか寝ていないのにちっとも眠くない。

しばらくしちびちび飲んでいた。

21時をまわったところで外のトイレに行ってみた。満天の星だ。空を見上げると自分がいかにちっぽけな存在かがわかる。

(ムリに眠らなくたって大丈夫。明日は下るだけじゃん)

身も心もスッキリしたところで布団に戻り、携帯の電源を入れてみる。もちろん圏外。屋久島日記の下書きをする。蝶ヶ岳で屋久島日記を書くのもおかしなものだが不思議に頭がさえており、筆が進む。

22時をまわったところでさすがに眠くなってきた。10月の北アの頂上付近だが小屋の中は暑いくらいだ。着ていたダウンは脱いで眠る。

「常念岳・蝶ヶ岳(本編その2)」へ続く>>

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2008年10月27日 (月)

週刊 日本百名山 第40号

40_2最新版 日本百名山 第40号 蔵王山 吾妻山

2004年、それまで結婚やら出産やらで行くヒマも行くつもりもなかった「本格的なお山」に再び行くようになった。

足慣らしに7月にH副隊長(花坂)と御岳・日の出山へ。8月にもH副隊長と安達太良山へ。安達太良はH隊員も登るハズだったが腰痛のため「反省会」のみ参加。反省会にて「次は谷川だな」と決まった。ところが9月からH副隊長が大阪に転勤。谷川の話はお流れ。

大阪に行ったり来たりして引継ぎやら引越しの準備で忙しいハズのH副隊長からメールが、

H副「明日、大阪帰りに品川で降りるのが7時頃。新宿あたりで飲まないか?」

H副隊長と山の打ち合わせや写真渡しなどでよく行っていた新宿の焼き鳥屋「番々」へ。H副隊長が見せてくれたのが「るるぶ新版深田久弥の日本百名山 上・下」

私「おー、ものすごくやる気になってんじゃん!」

H副「ぼちぼちとね」

番々マスター「オレは百名山全部登ったよ」

H・私「エ”--ッ、マジですか?」

番「ホントホント。今年はヒマラヤにトレッキングに行ってきたよ」

H・私「ひえー!」

これで私は一気に火がついてしまった。H副隊長は百名山の本を買ってヤル気になっているし、マスターは百座登ったって言うし。

そんなんだからかなりそこで飲んだらしい。H副隊長とはそこで別れた、ハズだ。

気がつくと新宿のカプセルホテルだった。

●蔵王山・・・2004年9月。単独。新宿のカプセルHで朝風呂に入り、チェックアウト。向かったのは「ドン・キホーテ」。パーカーを買った。山は寒いかなと思ったので。(そのパーカーは吾妻山の頂上の写真で着ていますね)  埼京線で大宮。新幹線で白石蔵王。バスで蔵王に向かった。相当な二日酔いであったが、楽しい酒だったので気分もさわやかだった。刈田岳はすぐそこだ。お釜を見下ろしながら熊野岳に向かう。足元はスニーカーだ。山に行くなんて思いもしなかったからね。 40分ほどで熊野岳。H隊員に登頂メール。H様はあきれていた。蔵王ロープウェイで山形方面に下る。04年9月3日。

●吾妻山・・・04年9月14日。もう完全に「百」を意識しています。「つばさ」で米沢、バスで白布温泉。ロープウェイとリフトで北望台。1時間半で西吾妻山頂。展望はなし。でもうれしくて30分くらい山頂にいた。下りは走るように歩いた。スキップしそうだった。040914

 

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2008年10月26日 (日)

多摩川の河原でBBQ。

2008年10月26日(日)、山仲間たちは埼玉方面に出かけていた人たちが多かったようです。

せっかくの日曜日休みですが、この日はマンションの管理組合総会があり、「出席せよ」とのお達しがあったために休みをとった次第ですので山に行くわけにも行かず、午前中は消防訓練。Image147

午後は総会。「全く有意義とは正反対」の総会でした。

ですが、総会は15時過ぎには終わりますので山の神様の提案で河原でBBQをやってきました。

16:30くらいから河原で焚き火。たびまま・旅人(次男)・私の三人。

長男岳人が17:30くらいに合流し、焼肉と野菜たっぷりのBBQ。

締めはヤキソバ。

焚き火を囲んでしばし団欒。Dsc03679_40

たまにはこういう日曜日もありますよね・・・

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2008年10月25日 (土)

週刊 日本百名山 第39号

39 最新版 日本百名山 第39号 鳥海山 月山

●鳥海山・・・2007年6月、H隊員と。98座目の想い出の山です。(96座以降100座の平ヶ岳まで全てH隊員と一緒の山行でした) 花の季節にもう一度行ってみたいなァ・・・よろしかったらコチラを>>

●月山・・・単独。88年7月6日、上野からの寝台夜行を鶴岡で降りた。湯殿山神社から登る。雪がたっぷりと残る。さすが豪雪地帯だ。神社のある頂上には白装束の団体さんがたくさんいた。8合目のバス停で2時間近くバスを待った。羽黒山にも参詣して(信仰心は全くない)、鶴岡に戻る。帰りは長岡から新幹線グリーン車。寝台とグリーンに乗れる割と安いきっぷがあったのだ。今ではみかけないが生ビールをワゴン販売しており、思わず財布を出してしまった。

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2008年10月24日 (金)

大岳山。今年10回目。

2008年10月21日(火)、たびままと大岳山に行ってきました。

この日は西武ドームで18:15プレイボールの「西武対日ハム戦」(クライマックスシリーズ)を次男旅人と見に行く約束でチケットを押さえてあります。

旅人が16時くらいには帰ってきますのでそれまでには家に戻りたい。

なんとなく高水三山を予定していましたが、朝の天気を見て「こりゃ、富士山が見えるかも知れない」ということで大岳山に急遽変更となりました。

今日は雨具も持たず、荷物は軽量です。ただ、頂上で味噌汁とコーヒーは飲みたいので湯沸しセットは持参しました。あとはたびままが作ったおにぎりを一人2個ずつ。

8:01青梅発の奥多摩行きに乗って御嶽駅で下車。すぐ接続のバスで滝本駅へ。

ケーブルには乗らず、歩いて参道を登っていきます。Dsc03629_40 8:30、歩行開始。

相変わらず、追い抜く軽トラの運転手さんは皆会釈をして通っていきます。避けるこちらとしても気分がいいです。

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←8:50、ケーブル線路脇のベンチで一休み。私、実は昨夜会社の上司・同僚と立川で痛飲。たびままの方が歩くペース早いです。

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←どんどん離されます。今日も天気がいいな~

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←ケーブルの下をくぐります。黄色い車体の「日の出号」が通っていきます。

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←最近、ここで写真を撮るのが気に入ってるようです。

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←9:20、ケーブル駅からの参道との合流点。

ここからは宿坊の間を通っていきます。

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←今日もハヤトウリを冷やかすたびまま。

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←土産物屋さんの看板もレトロです。

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←9:30、御嶽神社への階段下、手水があります。

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←9:35、長尾平。小休止。

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←このあたりも少し色づき始めました。

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9:50、水場。水を1.5リットル汲みます。今日はちゃんと味噌汁もコーヒーも持ってきました。 Dsc03641

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←10:19、芥場峠。

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←このあたりから多少登りのきついところが現れます。

大岳山荘が見えてきます。富士山の方向は雲があり、今日も見えそうにありません。

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←10:49、大岳山荘着。天気が好ければテラスの角の方向に富士山が見えます。トイレ休憩。

ここから10分くらい登ると大岳山の山頂です。

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←11:09、大岳山頂。

先客が一人。

三角点にタッチして、まずお湯を沸かす。おにぎりを頬張る。

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←インスタント味噌汁だけどウマイなァ。

もう一度お湯を沸かし、コーヒーを淹れる。

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←山頂も少し色づいて来ています。

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←一枚撮ってもらいました。

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11:50、頂上をあとにします。

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←頂上直下の下り。

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←大岳山荘の少し上。

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←まむし草の実が赤くなってきました。

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コダマを楽しみながら下ります。「ホッ!」

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12:55、長尾平。

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13:15、ケーブル御嶽山駅。

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←下りはケーブルを使います。13:21発。6分で滝本駅。

13:35発のバスでJR御嶽駅へ。

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←御嶽駅ホームから。

14:04分御嶽駅発の電車で青梅に戻り、家に帰って風呂。

旅人が学校から帰ってくるのを待って西武ドームに出かけました。

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2008年10月22日 (水)

屋久島日記 2008年4月。6日目。

5日目から続く>>

2008年4月8日(火)、4時に目が覚めてしまう。

今日は安房を13:30に出るトッピーに乗ればよい。それまでどこに行こうか。韓国の三人は朝早くYHを出て行くと言っていた。

ベッドの灯りを点けて地図を静かに広げてみる。千尋の滝とトローキの滝を見に行くくらいしか出来ないかな~

地図とバスの時刻表を眺めてなんとなくそんな結論に落ち着いてまた電気を消す。

今回の旅を思い返してみる。黒味岳やモッチョム岳に登れなかったのは残念だがそれはまた次回以降の宿題としよう。

今回の一番の目的である永田岳には行ってこれたからいいじゃないか。

太忠岳にも行きたかったな。大川の滝ももう一度見て見たかった。

あれこれ考えていると6時にあごひげ青年の目覚ましが鳴った。

あごひげ青年は白谷に行くらしい。昨夜寝る前に律義に「明日6時に目覚まし鳴らしていいですか?」と言っていた。

私「どちらからですか?」

青年「仙台からです。飛行機を3本乗り継いできました」

仙台→大阪→鹿児島→屋久島というルートだそうだ。

お父さんも登る人なので影響されて山を始めたような事を言っていた。

青年は山へ行く支度をしながら、私も荷物をまとめながらの会話である。

青年が出かける前に私は最後のヒノキ風呂を楽しみに行く。

風呂から戻ると青年は出かけたあとだった。コンセントに携帯の充電器が刺さったままになっている。少し使わせてもらった。青年の大きなザックの上に書置きの名刺を残しておいた。

「携帯の充電器を勝手に使わせてもらいました。屋久島の旅を楽しんでください」

布団をたたみ、忘れ物がないかもう一度確認して部屋を出る。

管理棟でお父さんに挨拶、

私「また来ます」

父「是非またいらっしゃい」

8:47のバスに乗る。

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←「平内入口」バス停

今日は快晴。時間があればモッチョムに登りたいなァ。

バスの運転手さんに千尋の滝の最寄のバス停を訊いてみる。ハッキリしたことがわからないので「ポンタン館」で訊くのがいいですよ、との答え。

「鯛の川」でバスを降りる。「ポンタン館」に荷物を置かせてもらい、サブザックに貴重品・カメラ・お茶を入れて9:15歩行開始。

目指すは千尋の滝展望台。

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←モッチョム岳。最初に来たときから「いつかは登らねば」と思っているのだが・・・

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ポンカン・タンカン畑には猿対策のために電流を通した柵が張りめぐらされている。

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その柵越しに海が見える。(こんなところで暮らせたら長生きできるだろうな~)などと勝手なことを考える。

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←モッチョム岳。

島の南側を「岳南」と呼ぶ。この島の中でも晴れた日が多く、つまり暖かく、暮らすのに最適である。温泉もいくつかある。

岳南のシンボルがこのモッチョムである。

このあたりの地名は全てモッチョム岳を基準にして覚えるといい。たとえば「豆風庵」のある中野はモッチョムの真南。中野の少し西に尾之間集落。尾之間にJRホテルや温泉がある。中野の少し東を今歩いている。バス停で言うと「鯛の川」。これから向かう千尋の滝も鯛の川がガツンと落ちるところになるわけだ。

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←千尋の滝へ行く途中にモッチョムの登山口がある。往復4時間半。今日は絶好の登山日和だが・・・

展望台の少し手前に土産物屋さんがあるが、そこの前にYHの縄文杉ツアー女性三人組み(一人は缶ビール片手に談話室で会話に加わった女性)がいた。ガイドさんらしき男性も一緒だ。

ガイドさん「歩いてきたの?バス停から?乗せてあげればよかったね」

私「大丈夫です。歩くのも楽しいです」

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←10:00、千尋(せんぴろ)の滝展望台に到着。誰もいない。

Dsc00867_40 滝に向かって左側の一枚岩が圧巻である。「日本で一番好きな滝は?」と訊かれたら間違いなく「ここ」と答えるだろう。

10:09、滝展望台をあとにする。

Dsc00868_40 10:50、ポンタン館の前を通過。

10:53、トローキの滝展望所に到着。

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←トローキの滝とモッチョム岳。

「トローキ」は「とどろき」がなまったもので、水量によってそのとどろき方もかなり違う。鯛の川が直接海に流れ落ちるという豪快な滝である。

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11:04、ポンタン館に戻る。Dsc00871_35

バスの時間まで携帯でメールなどチェックしていると関東地方は大荒れの天気のようだ。(こっちはこんなに天気がいいのに・・・)

飛行機の欠航も出ているようである。

11:34、バスがやってきた。

11:50頃、安房港に到着。

まず、窓口で乗船券を発行してもらう。13:30発なので時間がある。どこに入ろうか迷ったが中華屋さんにする。

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この日は本当に天気がよく暖かく、千尋の滝に歩いて往復しただけでもかなり汗をかいて喉もかわいたのだが、グッとこらえてラーメンだけにする。

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←安房港のトッピーターミナル。

ターミナルは団体客、登山客、外人さんなどでごったがえしている。

13:30、ほぼ満席状態で出航。Image228_50

今日は本当にいい天気。もう一度島に戻って宮之浦岳に登りたいくらいである。

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←14:30頃、佐多岬沖を通過。

船内のTVでも「羽田は大荒れ。欠航相次ぐ」とやっている。

(なかなか素直に帰らせてくれんなー、屋久島の神様は・・・)

そのうちに船内のTVはビデオになり、ミフネが出ている時代劇映画で竜巻のシーンが流れている。

(明日から仕事なので屋久島の神様、どうかよろしくお願いいたします)

15:30、鹿児島南港着。

鹿児島市内はまだ桜が咲いていた。

バスで鹿児島空港に着いたのが16:50頃。

まず、JGC(JALグローバルクラブ)カウンターに行ってみる。

カウンターの女性「11時発の羽田行きは鹿児島に引き返しました。その後の便は遅れて飛んでおります」

自分が持っているチケットはもう少し遅い便のものだったが、前の便が遅れているようなのでその便のキャンセル待ちをすることに。

17:25発の便をキャンセル待ち。17:10呼び出し予定。キャンセル待ち番号「カテゴリーAの7番」

JALの羽田行きの便を扱うカウンターの前は自分と同じようにキャンセル待ちをする人達で時間が経つにつれ混んでくる。

17時頃アナウンス「17:25発の羽田行きは18:55発に変更となりました。キャンセル待ちの呼び出しは18:40頃を予定しております」

たっぷりと時間が出来てしまったので2階の「菜の花ラウンジ」へ移動。

落ち着いて新聞でも読もうと思うが落ち着けるものではない。

メールであちこちの友人に今の状況をお知らせする。返事は「またですか」「やっぱりね」「2度あることは3度ある」みたいな期待通りの反応である。

落ち着かないので早々とラウンジをあとにしてまたカウンターのある1階で待つ。

18:40頃アナウンス「条件付で羽田に飛ぶ」とのこと。「元の予定では17:25発の便」の座席番号41Aの搭乗券をもらい、荷物を預けセキュリティーチェックに進み、飛行機に乗り込む。

なかなか動きださなかったが、19:14、やっと機体が滑走路に向かい、羽田に向けて飛び立った。

機内では山下達郎「ずっと一緒さ」を聴いていたのを覚えている。

あとは普通に羽田に着き、京急・南武線・青梅線を乗りついで帰った。

ザックには「三岳」(芋焼酎)の2合が三本。5合の飲みかけが一本。

2合三本はその週の日曜日の「花見すき焼き高尾登山」に持参いたしました。

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2008年10月21日 (火)

西武ドーム(クライマックスシリーズ)

西武ドーム(クライマックスシリーズ)
次男旅人は日ハムファンです。

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2008年10月19日 (日)

大岳山.。今年9回目。

2008年10月17日(金)、たびままと大岳山に登ってきました。

前夜、谷川岳に紅葉(そろそろ終わりかも)を見に行こうと準備も終わって早めに就寝しました。

ところが夜中におばあちゃんが熱を出したようです。

「子供達を学校へ送り出してから行ける山」へ変更となり、天気もよさそうだから富士山見えるかも、ということで大岳山にしようということになりました。

朝ご飯を子供達と一緒に食べ、8時前には子供達を送り出し、谷川の仕度のままで8:29青梅発の奥多摩行き電車に乗りました。

この天気では雨具もいらないし、湯沸しセットもいらないようなものですが頂上で味噌汁とコーヒーくらいは飲みたいねということで、あえて荷物を入れ替えませんでした。

8:29青梅発の奥多摩行き電車にギリギリ間に合い、御嶽駅で降ります。

すぐ発車するバスに乗り換えて滝本駅(ケーブルの下の駅)まで。バスの中には保育園の子達(5歳と6歳)が25人くらい乗っていて可愛いこと可愛いこと。それに引き換え我が家の息子たちはもうちっとも可愛くありません。

保育園の先生に「御岳までですか?」と訊くと、

「長尾平まで」という答えが返ってきました。Dsc03611_40

←滝本駅にて

ここからケーブルに乗らずに歩きます。9:12、歩行開始。

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←杉の木に番号がついていて、779からだったと思います。最後の1はケーブル御嶽山駅から御岳山に行く道との合流点です。

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この道は時々軽トラなどが通っていきます。脇によけるとちゃんと頭を下げて通っていきます。観光客(登山客)を大切にしてくれている証拠ですね。

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1番の杉の木の横を通り抜けるとケーブルからの道との合流点。9:54。

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←土産物屋さんの前に置いてあったハヤトウリ。

宿坊や土産物屋さんの間を通り抜けると御嶽神社への階段が現れます。

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神社への階段を登り、途中で左に折れると大岳山に向かう道です。

10:11、長尾平。

今日は暑くもなく寒くもなく山歩きにはもってこいです。

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10:30、水場です。ガイドさんが付いたツアー(団体)が二組それぞれ15人くらいいました。ガイドさんは、

「飲めますが、生水なので胃腸の弱い方はおやめになったほうがいいですよ」と言っていた。

ここで1リットルほど水筒に汲んでいきます。

水場のすぐ上に東屋(休憩所)がありますが、たびままは休まずどんどん登っていきます。

空沢を渡ると右手にその空沢をはさんで谷の向こう側に声が跳ね返ります。

「ホーッ!」と叫ぶと「ホッ」と帰ってきます。

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←10:47、芥場峠。Dsc03619_40

←芥場峠から今歩いてきた道を振り返る。

ここで小休止。

ここからが少しだけ急な登り。冬季の話ではあろうが「滑落注意」の標識がある。

間もなく大岳山荘が見えてくるがその向こうの空は霞んでいるのか雲なのか、真っ白です。富士山は見えそうにありません。

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←11:19、大岳山荘着。空気の澄んでいる時にはテラスの角の方向に富士山が見えるのですが・・・

大岳神社の前を通り、最後の一登り。木や岩角につかまって体を持ち上げるところも少しだけあります。

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←11:39、大岳山頂。

小学校の遠足でしょう。5年生くらいだと思います。

私達が「三角点ペシッ」をやっていたのを見て男の子が真似していました。

三角点付近は子供達に占領されているので、一段低くなったところで昼飯にします。

味噌汁は持ってくるのを忘れました。ペットのお茶でおにぎり。Dsc03622_40

おにぎりを2個ずつ食べて、お湯を沸かしコーヒーを淹れます。甘いお菓子など食べながらまったりタイム。

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←1枚、撮ってもらいました。

12:15、頂上をあとにします。

12:51、芥場峠。

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←13:05、東屋。小休止。

13:28、長尾平。

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←御嶽神社への階段です。少しだけ色づいてきています。

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13:51、御嶽山駅に到着。

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←下りはケーブルであっという間。

バスで御嶽駅へ。

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←御嶽駅ホームから。

青梅の自宅には15時頃到着しました。

御岳山付近の紅葉は10月下旬から見頃になってきます。紅葉の写真も撮りに行ってきますからね。

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2008年10月18日 (土)

週刊 日本百名山 第38号

38_2 最新版 日本百名山 第38号 岩手山 早池峰山

●岩手山・・・1979年8月12日登頂。H副隊長(花坂)と。盛岡が実家のH副隊長とわんこそばを食ったあと、柳沢の民宿に泊まる。翌日ここから歩いた。暑かったことだけはハッキリと覚えている。松川温泉に下り、国民宿舎に泊まる。部屋食とともに飲んだ冷たいビールの味が忘れられない。  2007年5月H隊員(おいちゃん)と登頂。よかったらコチラを>>

●早池峰山・・・1988年7月1日。仕事を終えて上野駅に直行。H副隊長(花坂)と寝台下段で盃を傾ける。途中駅のホームのお仕事帰りの方を眺めながら(眺められながら)飲む酒は申し訳ないくらいウマイ。翌2日、花巻の駅で降り、バスで河原の坊まで。お湯を沸かし、カップ味噌汁とおにぎりの朝飯。小田越から登る。花の時期には少し早く、ハヤチネウスユキソウは確認できなかった。2時間くらいで神社と避難小屋のある頂上に着いた。物足りないので鶏冠山経由で岳集落に下りる。岳で酒屋か食堂を探したが見つからない。歩いていたおばさんに「ビール飲みたいんですけど?」と、きいてみる。おばさん「どこでもいいから宿坊のぞいてごらん。人がいればビール飲めるから」 一軒の宿坊で「すいませーん」と声をかけると腰の曲がった婆さまが「ハイハイ」と出てきてビールとつまみを出してくれた。玄関先で飲んだビールは胃の奥にしみた。ビール二本で1000円払って帰ろうとしたら婆さまがお釣りを出そうとするので「いいです、いいです」と言って二人で逃げるように宿坊をあとにした。後ろから「こんなにたくさんスイマセン」と言う声が聞こえた。花巻温泉に浸かりに行った。今では岳集落の宿坊も数軒しか営業していないそうである。

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2008年10月17日 (金)

屋久島日記 2008年4月。5日目。

4日目から続く>>

2008年4月7日(月)、6:40起床。

トイレに行ったついでに風呂のスイッチが入っていることを確認してヒノキ風呂に入ったのは昨日と同じである。

風呂から上がると韓国三人組が談話室にいた。

私「あれ、縄文杉は?」

と、日本語で思わずきいた。

どうやら旦那さんの膝が痛むらしく、これでは10時間歩く事は出来ないと判断し縄文杉はあきらめたようだ。

本館に朝食を食べに行く。

今朝は6人が本館に集まった。韓国三人組、フランス人男性、ヒサノちゃん、私。

あれっ、縄文杉に行く予定だったのに朝食を頼んでいたのかな、三人組は・・・

縄文杉をあきらめた三人組はやはり元気がない。

フランス人男性はこのYHに長期滞在のようで、一人だけ本館に残っている。春休みで混んでいた時期からここに泊まっているのだろう。

ヒサノちゃんは今日のトッピーで宮之浦から帰るようだ。

朝食なのにたくさんのおかずがあって食べきれない・・・と言いたいところだが食べてしまう。おいしいのに残すのはもったいない。

先に食べ終わった韓国三人組は新館の前でスモーキング。館内は全て禁煙なので三人そろって外でプカプカ。

私「今日はどうするの?」

三人「滝めぐりしたり、ご飯食べたり・・・」

昨日の夜の勢いはないようである。

サブザックに雨具・カメラ・地図などを放り込んでバス停に向かう。

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←YHの前の駐車場から海が見える。東シナ海だ。

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←ヒサノちゃんも同じバスらしい。

8:47分発のバスに乗る。

ヒサノちゃんはずっと音楽を聴いている。

私は飲み疲れなのか、どうもスッキリしない。今日は蒸し暑い。窓を少し開けてみる。

海が見える。遠くに白い船。少し目をつぶる。

宮之浦小前でヒサノちゃんに挨拶をして降りる。

私「気をつけてね」

ヒ「ありがとうございました」

私「写真送るね」

バス停前のコンビニに入ってみる。おにぎりがなかった。昼はパンだな。

路線バスは宮之浦大橋を渡らずに宮之浦川手前で左に折れ、唐船橋を渡り、役場前を通り、宮之浦大橋の向こう側の袂まで戻ってくる。

私が宮之浦大橋を渡りきろうとする頃、ヒサノちゃんの乗ったバスが通りかかった。こちらの姿には全く気がつかなかったようだが。

10:08頃、宮之浦バス停から白谷雲水峡行きのバスに乗る。

乗客は4人だけ。進行方向左側の窓からの眺めがいい。山桜も見頃だ。運転手さんは観光バスのガイドさん並みに観光案内をしてくれる。

10:35、白谷広場に到着(バス停は白谷雲水峡)。

トイレに行き、靴紐を締めなおす。

管理棟で協力金300円を払い、10:45歩行開始。

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←グリーンのところが世界遺産条約登録地域。

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←管理棟

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行き(登り)は太鼓岩までまっすぐ行って、帰り(下り)は原生林コースか弥生杉コースをたどろうと思う。

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←飛流落とし

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←さつき吊橋

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吊橋を渡り、楠川歩道に入る。

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歴史のある道は今は「もののけの森」に通ずる道だ。

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石も木も苔で覆われている。

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屋久島の森には「何か」がいる。

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←11:19、原生林コースとの分岐。

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←くぐり杉。去年はここで旅人が尻から落ちて泣き顔で写真を撮ったな。

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←七本杉

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←11:28、もののけ姫の森。ここでは皆さん写真を撮る。

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←もののけ姫の森にて。本当に何かいるようだ・・・

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←11:48、辻峠。小休止。

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←いよいよ太鼓岩への急登だ。登りと下りで道が別になっている。

12:01、太鼓岩に到着。ここに来るのは4回目。つまり屋久島に来ると必ず訪れていることになる。

風が強い。帽子が飛ばされそうなので手ぬぐいを頭に巻きつける。

先に女性が一人。あとから女性一人。そのあとに女性二人。太鼓岩でこの日見かけたのはこの4人。全て若い女性だった。

「あとから女性一人」の方とシャッターを押し合う。

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←晴れているが、宮之浦岳頂上は雲に隠れていた。

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←太鼓岩からみた太忠岳の天柱石。

12:13、太鼓岩をあとにする。

12:23、辻峠。

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12:39、もののけ姫の森。

12:48、原生林コースとの分岐。少し迷うが今回は今まで見ていなかった「弥生杉」を見に行こう。

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←「白谷雲水峡案内図」の④の位置まで下る。ここから弥生杉コースに入る。

こちらは歩く人の少ない静かなコースである。

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←13:26、弥生杉。

13:38、白谷広場に到着。

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バスを待つ間に周りを見回すと外人さんグループが2~3組。日本人は「女性の複数」か「男性単数」というのが多い。せっかくいい空気を吸いに来たのに、目の前でタバコを吸う男には参った。もちろん日本人男性である。

14:10発のバスで宮之浦港入口へ。

宮之浦でみやげ物屋を冷やかし、15:11宮之浦港入口発のYH方面に向かうバスに乗る。

空港から何名か乗車した中に山姿のあごひげの青年がいた。ステッキも2本持っている。

鯛の川からは外人のおじいちゃんが乗った。

16:30頃、バスはYH最寄の平内入口に到着。最初に鯛の川から乗った外人じいちゃんが降りようとして450円区間なのにいきなり500円玉を運賃箱に入れた。運転手さんは「お釣は出ない。両替してから入れてくれないと」ということを説明しようとしていたが、あやがてあきらめて自分の財布から50円出してじいちゃんに渡していた。続いてあごひげ青年が降り、最後に私が降りる。

先に降りた二人もYHに宿泊のようで、私の前をYHに向かって歩いている。

YHに着くと新館の前の灰皿まわりに韓国三人組がたむろ。自転車で平内海中温泉に行ってきたそうだ。

今日はあごひげ青年が同室だ。

さっと挨拶を交わし、私はヒノキ風呂へ。

風呂のあとはメシだ。

本館の食堂に集まったのは11名。韓国三人、フランス男、バスで運ちゃんを困らせたおじいちゃん、今日縄文杉へYHのツアーで行ってきた女性三人、明日縄文杉へ行くという年配の女性一人、あごひげ青年、私。

トビウオの刺身。食べきれないほどの夕食はこの日は本当に食べ切れなかった。

食後、新館の談話室でTVを点け、三岳をちびちびやりながらメモを書き始めると韓国三人・フランス男・おじいちゃんの5名、つまり外人さんが全部集まってきた。会話は全て英語。

早口(普通の会話か)になると3分の1くらいしか理解できない。話に加わろうとしても出来ない。ときどき飛んでくる質問は何度か聞き返してやっと答えられるという具合だ。

やがてまた韓国三人と私だけになり、中学英語の応酬となった。この方が私のレベルに合っているので会話が成り立つ。

2時間くらい話した内容は、日本文学のこと(大江健三郎・川端・三島)、ソウルのサウナのこと、居酒屋と日本食レストランの違い、北海道のこと、京都のこと。「秒速5センチメートル」の舞台が種子島だということ。

私と後輩君は三岳を飲みながら。

消灯22時まで応酬は続き、奥さんと私で「必ずメールするからね」の挨拶で別れた。

翌日三人は朝の出発が早いそうである。

最終日6日目へ続く>>

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2008年10月15日 (水)

屋久島日記 2008年4月。4日目。

3日目から続く>>

2008年4月6日(日)、予報通り雨。

7時少し前にYHのスタッフがヒノキ風呂のスイッチを入れに来る。
実際はYHのお父さんかもしれない。
足音と時刻からの推測である。
トイレに行ったついでに見てみると推測通りにスイッチが点いている。
部屋に戻りタオルを持ち、ヒノキ風呂に行く。
扉に「男GENTLEMAN」の札をかける。

昨日、YHのお父さんが「明日からはヒノキ風呂しか使わないから」と言っていた。「にぎやかなのも今日まで。明日から静かになるよ」とも言っていた。

ヒノキ風呂の蓋を開けてぬるめのお湯にゆっくり浸かる。ヒノキの香りとこのぬるさが私には極楽である。

すると男性が一人入ってきた。30代前半といったところだろうか。

私「どちらからですか」と声をかけてみた。

男性「・・・」ニコニコしながらも言葉がわからない様子だ。

私「ジャパニーズ?」

男「コリア。韓国から来ました」

あとは中学生英語の応酬だ。

なんだかんだと喋って、ゆっくりと浸かって部屋に戻ると同室の男性が出発の準備をしている。

同室の男「ここはソフトバンク通じないんですよね。不便なんでポートサイドのYHに行きます」

(ここまで来て携帯通じなくたっていいんじゃないの・・・)

とは思ったが、口には出さない。

本館に行ってみると食堂には20人くらいいたが、ほとんど外国人のようだ。その中に先ほど風呂で会った韓国人の男性もいた。どうやら女1男2の三人組みのうちの一人らしい。

昨晩風呂で一緒だったフランス人男性もいた。

それから、食堂のカウンターの向こうには水戸からヘルパーをしに来ている女の子(名前をきかなかったので【水戸ちゃん】としておこう)がいた。なんで覚えているかというと茨城の若き友人【セ○ンちゃん】に顔が似ているからなのだ。昨年11月に家族でお世話になったときに「茨城にはそういう顔が多いのかな」なんて言ってからかったのを覚えている。

水戸ちゃん「初めてじゃないですよね?

私「うん、去年11月に家族4人でお世話になりました」

水戸「今回はお一人なんですか?」

私「休みが急に決まっちゃったもんでね」

旅先では朝飯がたくさん食べられる。ただの貧乏性なのかもしれないが、普段は一杯しか食べない御飯も旅先では3杯食べる。おかずもたくさんあって美味しい。

腹いっぱいになってのけぞってもまだお茶を何杯もおかわり。

食器をカウンターに下げ、水戸ちゃんに声をかける、

私「ご馳走様」

水戸「今日はあいにくの雨ですね」

私「うん、宮之浦でおみやげでも漁ってくるよ」

同室の男性はすでに出発したようだ。

ザックを背負ってカメラを首からぶら下げた状態で雨合羽を着る。背中もお腹も膨れて不恰好だが、雨風は止む気配なく降り続いているので致し方ない。

8:47に「平内入口」バス停を通るバスで宮之浦に向かうつもりだった。

バス停に行くと背の高い女の子が黄色い合羽を着てバス停の屋根の下で先に待っていた。あとからきいた名前だが、ヒサノちゃん。

ヒサノ「YHに泊まってる方ですか?」

私「そうです。今日はどちらへ?」

ヒ「白谷雲水峡です」

私「太鼓岩まで行くの?」

ヒ「行きたいとは思ってるんですけど・・・」

そんな話をしながらバスを待っていると1台の車が目の前で停まった。

車の窓から顔を出したのは50代半ばくらいのおじさんだった。

おじさん「宮之浦まで行きますよ。乗って行きませんか?」

ヒサノちゃんと顔を見合わせる。

私「乗せてもらおうか」

ヒ「はい」

というわけでおじさんの車の後部座席に二人で座る。

おじさんは宮之浦の郵便局に勤めている人で毎日片道1時間かけて車で通っているとのこと。

おじさん「こうやっていろんな人を時々乗っけていくんだよ~」

おじさんに「何をしに屋久島に来たのか」とか「どこから来たのか」「何回目か」「屋久島のどこがいいのか」などと、ヒサノちゃんと私と交互に訊かれた。

「勤めなのか学生なのか」という質問も飛んできたので、ヒサノちゃんが東京の学生さんで舞台衣装の勉強をしている19歳だということがわかった。

バスだと1時間15分くらいかかるところを45分くらいで宮之浦に着いた。

おじさん「お嬢さんはコンビニに寄っていくんでしょ。橋の手前のコンビニの前でいいかな」

ヒ「はい、大丈夫です」

おじさん「あなたもそこでいい?」

私「ハイ、そこでいいです」

ヒサノちゃんはコンビニに入って行く。

私は家族や友人にメール。その間にヒサノちゃんは道路の反対側を通って追い抜かしていったようで、宮之浦のバス停でまた会った。

私「気をつけてね」

ヒ「はい、ありがとうございます」

宮之浦港入口のバス停までテクテク歩く。9:10頃、環境文化村センターに到着。

郵便局のおじさんが車でつれてきてくれたおかげで9:20からの「屋久島一森と水のシンフォニー」を見ることが出来る。YHの会員証で、500円のところが400円に。

以下、屋久島町のHPから

縦14m×横20mの超ワイドスクリーン。上映時間約25分
  上映回数1日8回(1時間に1回)
  収容人員250名

 空撮などを駆使した臨場感あふれる屋久島の四季をお楽しみいただけます。

 【映像の一コマ】
  ヤクシマシャクナゲに彩られる奥岳の峰々
  サンゴ礁に群れる色とりどりの魚たち
  激しく流れ落ちる川と滝
  太陽に輝く一面の照葉樹林
  アカウミガメの産卵
  原生林の中に立ちつくす縄文杉
  雪におおわれる奥岳の峰々
   など 

Eizouhoru
←スクリーンの左脇にお姉さんが立っている。HPから。

ナレーションは阿部寛。特に見ごたえがあるのは空撮で奥岳の峰々と岳参りの白装束の人を撮るシーンだ。

映像を見終わって環境文化村センターのお土産物屋を少し冷やかす。

バスの時間を見計らって宮之浦港入口からYHの方に戻るバスに乗り「ホトー川」で降りる、11:40。

ここには

Kitchen & Cafe Ose

がある。

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←「Ose」外観。

ここは家族経営のイタリアンレストラン。なんでも広島から移住してこられたとか。船をイメージして作られた店内は雰囲気もいいのだが安くておいしい。そして「美人三姉妹」がいる。

店の真ん中の大テーブルのようなカウンターのような席に案内される。

パスタセット(950円)を注文する。サラダ、ガーリックパン、日替わりのパスタ、ドリンクのセット。野菜はここのおじいちゃんが農薬や科学肥料を使わずにつくったものがほとんどである。

斜め向かいに若いカップルがすわった。女性の顔に見覚えがある。3分ほど考えて思い出した、空港のカウンターのお姉さんだ。何しろ、04年・05年と2年立て続けに空港には強烈な想い出が焼きついている。お姉さんの顔も焼きついている。

一人で食べる昼食はそんな風に周りを観察しながらたんたんと進むのである。

やがてテーブル席・カウンター席もほぼいっぱいになり、ご同慶の至りである。

バスの時間までまだ間があるので、アイスコーヒーのお代わりをする。

そのうちにOseのおじいちゃんが出てきて水のお代わりサービスをしたり、健康法の説明をしたりと大忙しである。

私のところにもやってきた。

おじいちゃん「バスで来たんだよね。バスから降りるところ見てたよ。一人旅?いいねぇ。いくつ?49歳?若いねぇ。ボクは60歳。何時のバス?」そして健康法のお話になる。

美人姉妹とはお話する機会がなかったが、おじいちゃんとこれだけお話が出来たからいいかな。

会計をして外に出る。ジャズの流れる店内から外に一歩出るとそこはやはり屋久島だった。「Ose」の店内はちょっと「異空間」だった。

Image2201_60

←バス停から見た「Ose」

バスを待っているとおじいちゃんがお客さんを見送りに外に出てきた。私のほうを見て、

「いいねぇ」

12:50ころやってきたバスに乗り込む。相変わらずの雨である。

尾之間温泉入口でバスを降りる。坂道をテクテク歩いて登り、13:35頃温泉に着く。

Image221_60 わずか200円で足元から滾々と湧く本物の温泉に入れるのだからありがたい。

このあとはYHに帰るだけなのでこの温泉で出たり入ったり、1時間半ねばる。一人だけ私と同じように1時間以上ねばっているおじさんがいた。見た事があるような気もする。

また雨合羽を着て坂道をテクテク下りていく。

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←野ぼたんの花。

16:14、尾之間温泉入口から乗ったバスには先ほど温泉で同じようにねばっていたおじさんが右の一番前に、左の一番前にヒサノちゃんがすわっていた。屋久島交通の路線バスは全て「前乗り前降り」である。

私「白谷、行ってきた?」

ヒ「はい、行って来ました」

私「太鼓岩は?」

ヒ「雨がけっこう降っていたので、もののけの森まで行って帰ってきました」

前を向いたと思うが早いか眠ったようで、右に左に倒れたように眠っている。お疲れのようだ。右にすわっているおじさんが心配そうに時々ヒサノちゃんの方を見ている。

もうすぐYH最寄停留所という頃になってもヒサノちゃんは起きない。

私「次だよ」

ヒ「あ、はい、すみません。ありがとうございます」

「平内入口」では温泉で一緒だったおじさんも降りた。YHの方に向かって歩いていく。やはりYHで働いているおじさんだった。

部屋に戻り雨具を干す。今日は部屋を独占できるようだ。

さんざん温泉に浸かったのだが、またヒノキ風呂に入る。髪を洗ってサッパリする。

夕食をとりに本館に行く。夕食を食べたのは9人。韓国三人組。今日来たらしい女性2人組。女性一人。フランス人男性。ヒサノちゃん。私。

夕食には刺身が必ず出る。この日はアカバラだったと思う。

食堂のカウンターの向こうには温泉で一緒だったおじさんがいた。主に食事の担当のようだ。

夕食後、新館「すぎのこ」の談話室へ行ってみる。フランス人男性がPCと向き合っている。フロントでUSBキーを借りてきてタダで利用できる仕組みになっている。自分もブログなんぞを更新したいがなかなか空く様子がない。

旅日記(メモだけど)でも書くか・・・

焼酎(三岳)とつまみを持ってきてちびちびやりながら今日の出来事を書き出すと間もなくヒサノちゃんも談話室にやってきた。

私「今日は一日雨だったね」

ヒ「はい、でも仕方ないですね。屋久島って雨が多いんですよね」

などと言っているうちに韓国三人組が現れた。5人で中学生レベルの英語の応酬だ。難しい単語が出てこないのと発音がハッキリしているので一応会話は成り立つ。理解できないときは解らない顔ができる。

韓国三人組はご夫婦とその後輩の男性。後輩君は髪が長く、見た目は全く日本人のお兄さんだ。後輩君は三岳をすすめるとコップを持ってきてうれしそうに飲んでいる。そのうちに韓国海苔やら辛ラーメンまで出てきた。ラーメンはつまみにはしないでもらっておいたが。

私の「何故、屋久島に来たのか?」という問いに、三人組は「山尾三省と恩田陸の本を読んだから」と答えた。

三人の中では奥さんが一番英語がしゃべれるようである。旦那さんは英語にできない単語をときどき奥さんに英訳してもらっている。後輩君は気がつくとコップが空なので三岳をついであげる。よくよくきいてみると韓国では目上の人にお酒をつがれるとグッと飲み干さなければいけないんだそうである。

私「ここは日本だからゆっくり飲んでね」

5人の中学英語のやりとりを見て楽しいと思ったのかどうか、食堂で見かけた一人旅の女性が、「私もここにすわっていいですか?」と話しかけてきた。

皆「どうぞどうぞ」

女性「じゃあ、お言葉に甘えて」

と言ってすぐそばにある自販機で缶ビールを買って輪に加わった。

女性は食堂にいた女性二人組と同じく、YHの「縄文杉ツアー」に参加するため明日の朝は早いそうである。

韓国三人組も明日は縄文杉だ。自分たちのレンタカーで行くようだが。

「明日が早いので」と言って女性は自分の部屋へ戻った。

三脚を持ってきて記念写真を撮る。

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←席に着くのが間に合わなかった一枚。

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←左から、旦那・ヒサノ・後輩・奥さん・私。

このあと奥さんとメルアドを交換し、写真を送ることを約束して消灯の22時に皆自分の部屋に戻った。

部屋に自分しかいないのをいいことに、また部屋で三岳をちびりちびり。

明日はモッチョム岳にしようか白谷雲水峡か迷っていたが、白谷に決めた。また太鼓岩の上に立ちたい。

そんなことを旅日記に書いたところで就寝。

5日目に続く>>

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2008年10月14日 (火)

常念岳・蝶ヶ岳(速報その2)

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←蝶槍にて。

このあたりから蝶ヶ岳ヒュッテに着くまでに何度も振り返った槍の姿。そして目線を槍沢に下ろす・・・

先月の「オレンジ槍」が思い出されてなかなか先に進めませんでした。

かじゅさん、H隊員、歩くのが遅くなってごめんね。

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2008年10月13日 (月)

常念岳・蝶ヶ岳(速報その1)

Dsc03563_40 20年ぶりに常念と蝶のピークを踏みました。

12日(日)の朝は大快晴。

槍・穂を飽きることなく眺めておりました。

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2008年10月12日 (日)

最高の景色でした。

最高の景色でした。
もうこんなに素晴らしい景色は見れないかも。

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2008年10月10日 (金)

屋久島日記 2008年4月。3日目。

2008年4月5日(土)、5時頃起床。3時頃にも起きた気がするがまた眠ったようだ。

夜中に何度も耳元でガサゴソする音が聞こえたがネズミのしわざらしい。食いかけのつまみはきれいに食い荒らされていた。

小屋内でお湯を沸かす。

その間にシュラフとマットを片付ける。

お湯が沸いたらラ-メンを投入。三連続ラーメンでも全く大丈夫な「麺食い」であります。

ラーメンをすすって、5:55小屋をあとにする。すでにヘッドランプも要らない明るさだ。

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←迷いそうなところは全くなく分かりやすい道であるが、こういった標識がありがたくもあり、励みにもなる。

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←6:15、第一展望台。ここまで来ると宮之浦岳が見える。

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←宮之浦岳

今日、登ることが出来れば三年ぶりの宮之浦岳。その前に「宿題」の永田岳に行ってこなければ。

(「宿題」の件については話が長くなるのでお時間のある方だけコチラを>>

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←6:38、第2展望台。

ここでイロイロと用を足している間に小屋で一緒だったおじさんに抜かれる。

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←このセブンスターとライターはひさしさんが前日にここに置き忘れ、小屋で一緒だったおじさんに回収を頼んでいたものではないか。

おじさんはセブンスターには目もくれず、とっとと宮之浦岳の方に行っちゃったよ。

というわけでひさしさんのタバコとライターは私が回収いたしました。

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←第2展望台からの眺め。右:宮之浦岳。左:翁岳。

6:53、第2展望台発。

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やがて今回の旅の第1目標の永田岳が見えてくる。

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←永田岳。右の岩峰はネマチ。

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←雪が残っている。南国といえども標高の高いところには雪が降るのだ。

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←種子島がうっすらと見える。

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←7:25、平石岩屋。Dsc00769_40

←平石岩屋から見た宮之浦岳。

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←同じく永田岳。

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←7:38、平石。

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←7:55、焼野三叉路。サブザックに水と貴重品・豆・チョコレートを入れて8:00永田岳に向かって歩き出す。

予報では明日は一日雨。黒味岳の頂上を踏んで淀川小屋に泊まることも考えていたが、今日中に山を下りてしまいたい。時間節約のためラーメンは今日は封印。豆とチョコとパンで腹をもたせる。

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←行く手に永田岳がせまってくる。4年越しの宿題にもうすぐ手が届く。

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←風雪に耐えてきた看板。

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標識の向こうに海が見える。

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←振り返ると宮之浦岳。右奥に黒味岳。

8:40、永田岳頂上に到着。父ちゃんはやったぞ。送り出してくれた家族、応援してくれたみんなに感謝だ。

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←誰もいない永田岳頂上。セルフで岩の上にカメラを置いて撮影。

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←永田集落。左手にうっすらと口永良部島が浮かぶ。つまりこの永田岳は永田集落から仰ぐ事が出来る。他の高い山々(いわゆる奥岳)は麓の集落から見る事は出来ない。

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←永田集落のアップ。

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←永田岳から見た宮之浦岳。右に黒味岳、左奥に太忠岳が見える。

8:50、永田岳をあとにする。

突然クシャミが出る。何かが近くにいるような気がする。クシャミが続く。絶対に何かがいる。何かは分からないが「永田岳と宮之浦岳の間には何かがいる」と思った。「コダマ」かもしれない。不思議な感覚だった。

9:25、焼野三叉路に戻る。9:33、再び重いザックを背負って宮之浦岳への登りにかかる。

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←宮之浦岳直下からの永田岳。

9:52、宮之浦岳頂上に到着。ほぼ3年ぶり。3回目の登頂である。

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←三角点にタッチ。(また来ましたぜ)

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←記念写真を撮ってもらう。

さすがは百名山、頂上には15人くらいいる。

ガイド付きの夫婦連れ。お父さんと息子。男の単独が多いかな。

少し腹ごしらえをして10:15、宮之浦岳をあとにする。(またね。いつかまた必ず来るよ)

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←大きな岩の集まりが栗生岳。

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10:25、栗生岳。

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←翁岳

10:38、水場。この水場は翁岳直下にある。「こんな山の頂上近くにこんないい水場が」と思わせるものがある。

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←11:25、投石平。小休止。

11:34、投石平発。

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←11:55、黒味分れ。50分あれば行って帰ってこられるが、今日は時間の余裕がない。また次回の宿題が出来てしまった。

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花之江河にシカが何頭も。

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←12:10着。後ろは黒味岳。

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←小花之江河。高盤岳のトーフ岩が見える。

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←トーフ岩のアップ。

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←12:20着。

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←もうちょっとアップ、トーフ岩。

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←淀川小屋が近づいてくれば今日のゴールはもう近い。

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←淀川を渡る。

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←橋の上から。淀川の澄んだ水。

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←13:15、淀川小屋に到着。ここはじっくり腰を下ろして休憩しよう。道具を取り出して広げる。水場に水を汲みに行く。お湯を沸かしてラーメンを煮る。ウマイ。

15:53に紀元杉を発車するバスに間に合えばよいので、もうゆったりと休める。

13:40、淀川小屋発。

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←14:15、淀川入口に到着。

お疲れ様、なのだがもう少し歩かねばならない。

14:32頃、紀元杉のバス停に到着。バス停の時刻表を見ると「14:39発、合庁前行き」があるではないか。そういえば、淀川入口からここまで歩いてくる間に「まつばんだ交通」と「屋久島交通」のバスを1台ずつ見かけて(アレッ?)と思ったんだよな。どうやら最終バスだけに気をとられていたものと思われる。

14:39のバスに乗り、即寝。

15:35頃、安房で降りる。

屋久島YHに電話を入れる。

私「今晩から3泊お願いします」

お父さん「はい、わかりました。ただし、今晩の夕食は間に合いません」

私「どこかで食べていきます」

父「けっこうですが、YHの近くにも食事するところはありますよ」

私「今日は安房で食べていきます」

安房には「磯の香り」がある。ひさしさんが行ったと言う店だ。

テクテク歩いて「磯の香り」まで行ってみる。

ところが夕方の営業は18時からだった。せめて17時からなら少し飲んでいけるのだが、最終のバスに間に合わない。

またテクテクと安房の街中に戻る。雨が降ってきた。こういうときはザックの重さが肩にずっしりとのしかかってくる。

ある店の軒先で雨やどりして次の対策を考える。バスの時刻表とにらめっこだ。

(YHまで行ってしまおうか。ラーメン煮て食えばいいし・・・)

(YHの近くにも何かあるってお父さんが言ってたし)

とりあえず、次のバスに乗った。乗っているうちにひらめいた。

(そう言えば中野によさそうなレストランがあったはずだな。前回360円隊が「中野のレストランに行きたい」と言って反対方向のバスに乗ったんだったな・・・)360円隊の話も長くなるので時間のある方だけコチラを>>

小銭もギリギリだから丁度いいや。(何しろ料金表の脇に「1万円・5千円・2千円札の両替お断り」とやたらデカク表示してある)

18時少し前、中野でバスを降りる。雨具とザックカバーをつけなければいけないほどの本降りだ。

たどりついたレストランは「豆風庵」きれいないかにも女性受けするレストランだ。雨風の中、入口に近寄っていくと奥さんらしい人が中からドアを開けてくれた。

窓側の席に陣取り、カッパを脱ぐ。

刺身と生ビールを注文する。二日間山歩きした身には生ビールならずともココロとカラダに染み渡るのだが、苦労してここまでたどり着いただけにまたウマイ。

刺身ももちろんウマイ。三岳のお湯割りと天ぷらを追加。豆腐の天ぷらがうまかった。

落ち着いたところで席の配置など眺めてみると、山側のテーブルが一段高いところにあり、道路をへだててモッチョム岳を仰ぐようになっている。モッチョムの斜面の新緑の色の素晴らしさといったら!

(あっちにすわればよかったなー)

などと思っていたら、マスターらしき人が近寄ってきて海側のブラインドを上げて、

マスター「ちょうど灯台を見るのにいいでしょう。JRホテルの左に見えるでしょう?」

私「ホントだ」

JRホテルの丸っこい建物の左手海際に灯台の明かりが見える。こりゃあ、山側も海側も捨てがたい眺めだ。

いい気分になって、会計し店を出ようとしたがお店の写真を撮るのを忘れた。複数で来たら何も言わずバシバシ写真を撮っただろうが、一人では気まずい。そこで、奥さんに名刺を渡して「実はブログで紹介したい」と断って撮らせてもらった。

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←モッチョム岳の麓「豆風庵」の店内。

18:57中野発のバスに乗る。

19:15、平内入口でバスを降りる。

2分ほど歩くと屋久島ユースホステル(YH)に着く。

受付棟に懐かしいお父さんの顔が見えた。

窓をコンコンとたたく。

お父さんが窓を開ける。

私「お元気そうで」

父「何回目だっけ?」

どうやら顔を覚えていてくれたようだ。

私「4回目です。前回は去年の11月、家族4人で」

父「その前は?」

私「05年の4月、友人二人と一緒に。一番最初は04年の12月です」

父「大体、山だよね」

私「そうです、そうです」

お父さん(屋久島YHとポートサイドYHのオーナー)は昨年大病を患い、回復はしたものの16キロお痩せになったそうである。

父「もう少しがんばってこのYHを開けておかないとね」

私「そうですよ。ここのYHがなくなったら困りますから」

などなど言いながら手続きを終える。

泊まる部屋は04年12月に6泊お世話になった「新館すぎのこ」の「205号室 モッチョム岳」。

懐かし過ぎて涙が出る。しかも自分が6日間占領していたベッドが空いている。

同室が一人いるようだが「ナイトツアー」に出かけていて不在。

まず荷物を広げ、洗濯に行く。コインランドリーで洗濯。

洗濯機を回している間に風呂へ。今晩はヒノキ風呂は女性用だとのことで、本館の風呂でサッパリする。フランス人らしい30歳前後の兄さんが入ってきた。二言三言会話。英語と日本語まじり。

部屋に戻り、洗濯ものを干していると同室の男性がナイトツアーから帰ってきた。ナイトツアーがどういうものかは聞いたような気もするが忘れてしまった。

隣が談話室なので楽しそうな会話が10時の消灯まで聞こえていた。全て英語のようだった。若い女性が中心でオーストラリアの人と韓国の女性がいるのだけはわかった。一人だけ日本人女性がいるようでもあった。

4日目に続く>>

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2008年10月 9日 (木)

屋久島日記 2008年4月。2日目。

2008年4月4日(金)、4時頃起床。

酔いはまだ残っているが、腹が減っている。何か食べないと。

パンを買ってあったのだが今は食べたくない。山の中で食べるようにとカップ麺を買ってあったのでそれを食べることにする。

談話室にザックその他の荷物を運んで、カップ麺を取り出しポットのお湯を注ぐ。3分間待つ間もう一度荷物の整理をする。

縄文杉の登山口である荒川口へのアクセスとしては大きく分けて3通りあるだろう。

①ツアーに申し込む。これなら宿まで送り迎えをしてくれる。

②レンタカーで行動。途中からバスに乗り換えになる。

③路線バスで荒川登山口まで行く。

私はもちろん③のパターン。①のパターンの人がもっとも多く、普段山に登らない人でも縄文杉は見たいものらしい。そのため、スポーツ用品店やみやげ物屋さんなどにレンタル品の靴・ザック・レインウェアなどが置いてある。

カップ麺をすすり、箸やコップを洗って返し、4:45頃YHを出る。

どうやらYHで見かけた坊主頭の学生さんも同じバスに乗るらしい。バスの停留所まで一緒に歩く。

夜の南国の空気を感じながらテクテク歩いていると「屋久島に自分がいるんだ」という思いが湧いてきて不思議な気分である。     

停留所にベンチがあり、そこに座って待つ。

やがてバスが港の方からやってきた。私が乗るのは「宮之浦港入口」バス停から。ここは5:01発。

バスは少しずつお客さんを拾ってゆくが、二人用の席をザックとともに占領して大丈夫なくらいの乗車率である。そう思ったとたんに爆睡体制に入ったようである。気がつくとザックとは反対方向に思い切り体が傾いている。体を戻す。また気がつくと傾いている。そんな爆睡体制のま荒川登山口に6:20着。

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←荒川登山口

前回ここで写真を撮ったのが昨年(07年)11月12日。    

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←07年11月12日、出発前の写真。

5ヶ月も経たないうちにまたここへ来れるとは。こころよく送り出してくれた家族のおかげである。

まず、トイレに行く。女性用の方は大行列。

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←ツアーの人が多い。出発前の体操や注意事項など。とにかく大にぎわいである。

6:42、歩行開始。今日は新高塚小屋までの道のり。シュラフと二日分の食料などが入っているのでテン泊用の大き目のザックを背負っている。

このザックを背負って山歩きをするのは一昨年(06年)の夏にH隊員と幌尻に登って以来である。ザックの肩紐が肩に食い込む。

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←トロッコ道。太忠川を渡る。

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←安房川を小杉谷橋で渡る。

7:25、小杉谷小学校・中学校跡。

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←元の校庭に桜が咲く。

Dsc00714_40 久しぶりに大荷物を持って歩くと全くスピードが出ない。

(こんなにトロッコ道長かったけ~?旅人は空身とは言えよく歩いたなァ)

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←マムシ草。タケノコみたいに見えているのがそうです。もっと大きくなって葉を広げ秋には赤い実をつけます。

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←昨年11月、ここで休憩したことを思い出します。

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←トロッコ道から翁岳が見える場所があります。翁岳は屋久島で4番目に高い山です。1860m。

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トロッコ道の最後に「大株歩道入口」という場所があり、橋の向こうにトイレがある。その橋のところで何やらTV撮影をしている様子。見たことのある大阪のタレントと屋久島のガイドさんの真津昭夫(まなつあきお)さんだ。

真津さんは前回の縄文杉行きでもお見かけした。タレントの名前は今でも思い出せない。

8:50、大株歩道入口。休憩。水分補給・エネルギー補給。パンをかじる。

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←大株歩道入口のトイレ

ここで20分休憩をとったのだが、その間ずっとTVロケをやっていた。カメラがこっちを向いていたので映っているかも。おばちゃんたちは「あれ誰や?」とか言いながらもちゃっかり一緒に写真を撮ってもらっている。

9:10、大株歩道入口を出発。ここからは山道である。

いきなり急登になる。歩き出したとたんに霰が降ってきた。合羽を出すまでもなく、すぐ止んだが。

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←大株歩道入口からのとりつき。

汗が一気に噴き出す。

9:23、翁杉。

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←翁杉。大きくて根元の方しか写せない。

9:30、ウィルソン株に到着。

株の中に入ってみる。

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←株の中には清水が流れている。祠もある。

皆が集中して上を見上げている場所がある。

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←その場所から見上げるとこんな景色が。

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←ウィルソン株

9:42、ウィルソン株をあとにする。

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←ウィルソン株から縄文杉まではあと1.9km。

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←倒木に生えたコケが屋久島の代表的な風景ではなかろうか。

10:13、水場で休憩。ツアーの人たちもここでほとんど早めのお昼にしている。私もパンを半分かじって栄養補給。

10:24、出発。

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←ヒメシャラの木。南国を感じさせる。

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←10:29、大王杉。

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←10:33、夫婦杉。

Dsc00734_40 だんだん縄文杉が近づいている気配がする。それはコースタイムが頭に入っているからとかそういうことではなく、周りの木々が醸し出す雰囲気がそう思わせるのだ。

(よく来たね。おや、また来たのかい・・・)

妄想の世界に過ぎないかもしれないが、大きな木は言葉を知っていて無言で語りかけてくるような気がする。

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←縄文杉のすぐ下で。今回最初に見たヤクシカ。

下ってくる人が多くなり、顔を見ると皆満足げな顔をしている。

テラスに上がる階段を登ると縄文杉とご対面。

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←10:55、縄文杉。

まさかこんなに早くまた合えるとは思ってもみませんでした。

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←一枚撮ってもらう。

Dsc00740_40 ここまで来れば今宵の宿「新高塚小屋」まで2時間くらい。急ぐこともないのでじっくりと縄文杉とお話をする。

(今回は一人かい?家族は留守番?)

(そうなんすよ。急に休みが決まっちゃったモンで仕方ないっすよね)

(そうかそうか。ま、ゆっくりしていけよ)

11:21、縄文杉に別れを告げる。

(また来ます)

(今度はみんなも連れて来いよ)

ここから先は急に静かになる。登山者の世界だ。

11:29、高塚小屋。

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←高塚小屋。

ここでまずトイレを借りる。小屋の前にどっかり座ってパンの残り半分をかじる。

11:50、高塚小屋発。約20分の間、ここにトイレを借りに来たのはおばちゃん一人だけだった。

15分ほど歩くと木に巻いてある赤いテープに「ケイタイ」の文字が。

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←ここでモブログ送信にチャレンジしてみたが、打っている間に圏外になってしまい、なかなか回復しなかった。

ポチポチ携帯をいじっている間に一人のおじさんに抜かれた。

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←ずっと樹林帯の中なので眺望はほとんど得られないが、こういった標識が慰めてくれる。

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←この標識のところで休んでいると、ほとんど荷物のない長髪の兄さんが走るように新高塚の方から下りてきて、走って行ってしまった。

(淀川から入って荒川に一日で抜けるのかな~)

あとから気になったが、行ってしまったあとでは確かめようもない。

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←ヤクザルだ。全くコチラを意に介せずという感じだった。

13:10、新高塚小屋に到着。

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←新高塚小屋

40人収容の小屋だが先客はたった一人。さっき携帯をいじっていたときに抜かされたおじさんだ。挨拶を交わすが会話はそれっきりだ。2階建ての小屋の1階の端と端に陣取り、シュラフやエアマットを広げる。

腹が減った。パンをかじってばかりだったので無性にラーメンが食いたい。

小屋のすぐ近くに水場があり、そこのベンチに座ってお湯を沸かしラーメンを煮る。

シカが3頭現れる。Dsc00752_40

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サルもそうだが、シカもチラッと目をくれただけであとはこちらのことなどどこ吹く風だ。

シカを眺めながらラーメンを食う。ウマイ。インスタントラーメンをおいしく食いたければ山で食えばいい。

小屋に戻る。

ここは標高1500m近い。じっとしていると寒いのでシュラフにもぐって山日記など書いていると眠くなってきた。

15:30頃、もう一人兄さんがやってきた。さきほどのおじさん・私・兄さんで直角三角形の位置に陣取ってシュラフなど広げている。

三人になると少し会話がはずむ。お互いどこから来たのか。何回目の屋久島か。飛行機かトッピーか。明日はどうするのか。

16:30頃、兄さんは食事の道具を持って外に出ていった。

16:45、こちらもお腹がグーグー鳴り出しもう一度ラーメンを食いに外へ出る。白のスウェット兄さんは高○さん。あとでわかったことだが、HNは「ひさし。」

横に座らせてもらい、ラーメンを煮る。

ひさしさんも焼酎(三岳)をちびちびやりながらの夕食だった。町田在住で屋久島は2回目。前日は安房のホテルに泊まり、「磯のかおり」に知り合いがいるのでそこでたらふく食って飲んだそうだ。今日、淀川から入り宮之浦の頂上を踏み、ここまでたどりついた。

私「屋久島で一番好きなところは?」

ひ「太鼓岩ですね。前回来た時にあそこから見た景色に圧倒されましたね」

私「うーん、私も同じですね。あそこだけは屋久島に来たらはずせない場所ですね」

そんな話をしているとまた静かにシカが1頭。シカを見ながら楽しい会話と三岳。全く言う事ナシ。

ひさしさんは明日縄文杉を見て白谷に行き、また太鼓岩に行くそうだ。

小屋に戻る。寒いのでシュラフにもぐるが、今日は風もなくこの時期にしては暖かい日なのだろうなと思う。

(もう一枚着るものを持ってくればよかったな・・・)

もう少し三岳をちびちびやっていたが、完全に暗くなる前に切り上げて、歯を磨き眠りにつく。

何時頃寝たか定かではない。

三日目に続く>>

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屋久島日記 2008年4月。1日目。

屋久島に行ったのはこれで4回目。

1回目は2004年11~12月(単独)>>

2回目は2005年4月(H隊員&H副隊長と)>>

3回目は2007年11月(家族4人で)>>

今回は直前に屋久島行きを決めたので単独です。年休6日間自体、急に決まったので致し方ないところです。

屋久島行きを決めてすぐに鹿児島までの往復の飛行機を押さえました。

迷ったのは鹿児島~屋久島の移動手段です。飛行機がベストの選択なのですが、すでに午後遅くの便しか空きがありません。

鹿児島空港でキャンセル待ちをするか、鹿児島港まで行って「トッピー」で渡るか・・・

出発当日の朝まで決めきれないまま、羽田に向かいました。

2008年4月3日(木)、青梅線で立川。南武線で川崎。川崎で京急の駅まで歩いて京急で羽田空港。その間に「トッピー」で行く決心がつきました。

チェックインしてザックを預け、次に向かったのはJALのラウンジ。7時を少しまわったばかりですが、朝から生ビールです。2杯いただきました。

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←サクララウンジから見た風景。

JAL1863便鹿児島行きは8:00発。直前の予約だったので窓側はとれず。J-POPなど聴いて鹿児島までの時間を過ごす。

鹿児島空港着が9:55。バスで鹿児島市内へ向かう。バスはほぼ満員で私は補助席にザックをかかえてすわる。

鹿児島は快晴だ。

バスを降りて港までプラプラと歩く。

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←南岳から今日も噴煙上がる桜島。

11:50頃、港に着きトッピーのチケット窓口に行く。

私「次の屋久島行きに乗りたいんですが」

窓「キャンセル待ちになりますがいいですか」

私「わかりました」

窓「乗船券を予めお買いになってお待ちいただきます」

私「じゃあ、往復買います。カードでお願いします」

窓「キャンセル待ちの場合は現金のみになります」

(あらら・・・)

往復9000円、現金で払わないといけないのはキツイ。

しぶしぶ現金で払い、おにぎりをもそもそと食って13:10の出発時間を待つ。

周りを見ているとやはり高年齢の団体が多い。まだ春休みだしなー。家族連れもチラホラ。

TVでは「今日午前○○時に南岳噴火」とのニュース。どうりでみんなそっちの方を眺めていると思った。待合室前のテラスからデッカク桜島が見えている。

13:00、キャンセル待ちの呼び出しがある。

窓「13:10発屋久島行きキャンセル待ち番号一番をお持ちのお客様、窓口までお越しください」

窓口に行って一番の札を出す。

窓「補助席になりますが、よろしいですか?」

私「乗れればなんでもいいです」

窓「帰りの船は予約なさいますか?」

私「とりあえず、オープンでいいです」

とりあえず屋久島まで行ければあとは野となれ山となれだ。

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←13:05、乗船。

船の入口でお迎えをしている鹿児島商船のおねいさんに、

私「補助席ってなってるんですが、席はどこですか?」

ね「はい、コチラです」

と言って案内されたのは2階席の一番後ろ。みんなが前を向いて座るのに対し、一人だけ添乗員のように横を向いて座る椅子だった。

(屋久島に行ければなんでもいいや)

この状況を楽しむ心の余裕もありました。

13:10、出発。快晴の錦江湾をトッピーが進んでいく。

左に桜島。やがて右に端正な姿の開聞岳。そして左に九州最南端佐多岬。大隅海峡に出ると右に竹島・硫黄島。やがて馬毛島と平べったい種子島が左に見えたら間もなく目指す屋久島がどーんと突っ立っている。

15:55、屋久島に上陸。

船の着いた宮之浦港のすぐ近くに今夜の宿「宮之浦ポートサイドYH」があるはずだ。

なかなかたどり着けなかったのでYHに電話をしてみる。電話に出たのはマネージャーのミッキーさんの声だった。

それでも一度迷ったがなんとかYHにたどりついた。

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←宮之浦ポートサイドYHの玄関。

受付をしてくださったのはミッキーさんの奥様だろう。愛想のいい方だった。

ズボンをジャージに履き替え、まずは明日からの山行に備えて買出し。「ヤクデン」というスーパーへ。カップ麺、袋麺、パン、お茶、チョコレート、つまみ、焼酎(三岳)などなど。

YHに戻って風呂に入る。

風呂から上がると夕飯。このYHは食事の提供がないので外へ行くわけだが、酒でも飲みながら刺身でも食べたいな。

YHのサンダルを借りて17:15頃から宮之浦の街をぶらつく。

一度入ったことのある「潮騒」がいいのだが、木曜日が定休日だった。

一杯飲むようなところは17時から開くものと思ったが、ほとんどのところは18時からのようだ。

さんざんうろついた挙句入ったのが「とき亭」。18時を少しまわっていた。

カウンターに腰を下ろし、生ビールを注文。続いてトビウオの刺身。

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←トビウオの刺身。絶品だった。

焼酎のお湯割りを頼むと一合トックリとお湯のポットが出てきた。カウンターの向こうのTVを見ながら三岳をおいしくいただく。

あとはアカバラの刺身と三岳をもう一合。

これで払ったお金は2980円。安くてうまかった。

外に出ると星空だ。酔った目にもオリオンと北斗七星はすぐわかる。

19:30、YHの部屋に戻ると同室の外人男性がいろいろと話かけてくる。種子島に住む英語講師、27歳、イギリス人、日本に来て4年。4年住んでるわりには日本語があまりうまくない。でかい銀塩カメラを持っており、それが趣味のようだ。

20:00、「三岳タイムです」と放送が流れる。

談話室に行ってみると三岳の一升瓶がドンと置いてあり、「一杯100円」と書いてある。勝手に飲んで100円置いていく方式である。「どのコップで一杯」なんて細かい話にはならないらしく、私も大きめのコップになみなみとついで部屋からつまみを持ってきて2杯ストレートでいただく。

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←談話室

談話室には「明日愛子岳に行く」という日本人男性がいた。次に白人男性と日本人カップル。それから同室の27歳イギリス人が来た。

愛子岳の男性はいつのまにかいなくなり、周りに聞こえているのはTV以外は英語オンリーとなった。

三岳に深く酔いつつ、インターナショナルな夜は更けていくのでありました。

二日目に続く>>>

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2008年10月 8日 (水)

生ビール

湯~ゆ~サミット!「季の彩」に参加しました。

南多摩(南武線)から歩いて6分。

生ビールのあと芋焼酎一杯だけ飲みました。

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季の彩

季の彩
午後から風呂と生ビール。

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2008年10月 5日 (日)

巻機山(本編)。

槍ヶ岳の興奮冷めやらぬたけぱぱです。

8年ぶりに風邪をひきました。鼻水ジュルジュル、喉痛い、頭が痛いです。

いい天気なのにどこにも行けません。

というわけで約1ヶ月前の巻機山の記事を書き進めたいと思います。

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2008年9月4日(木)、高尾駅に21:30頃集合。私は会社から直接向かいました。職場は立川です。

高尾駅の南口改札に行くとすでにお~!やま~!さん(女史)が来ていました。

もともとこの企画は「ほったらかし温泉でご来光を見てから甲武信岳を日帰りで」というものでした。

それが巻機に転進となったのは、5日の山梨の天気が良くないという予報を元さんが見て、「ならば新潟が天気よさそうだから巻機にすんべや」

ということで行き先が巻機になったのを受けてロッキーさん(以降敬称略)も参戦。

やがてロッキーも南口に現れ、「グルメシティ」の駐車場に停まっているハズの元さん号に向かいます。

元さん号を探すまでもなく、元さんは車の外で待っていてくれました。

荷物を車の後ろに放り込み、グルメシティでお買い物。おにぎり、ビール、焼酎、つまみ。

助手席に私、後ろに女史とロッキーがすわり、21:43に元さん号は高尾を出発。

出発してすぐ私と女史は缶ビールをプシュー、キリンの秋味。元さんには申し訳ないが仕事のあとのビールはウマイ。

圏央道・関越を乗り継ぎ湯沢で降りてコンビニへ。最後のお買い物。

清水集落の少し上、桜坂駐車場に0:55頃到着、日付けは9月5日(金)になっている。

女史と私がテントを設営するのを待って私のテントでプチ宴会。

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←元さん撮影

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←女史、ヘッドランプがお似合いです。

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←ロッキーと元さんもビールを。

9月の上旬、テントを閉めなくても寒くない。虫も入ってこない。いつまでも山の話などしていたいが、2時前にお開きに。

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←青のフライシートが私の、オレンジが女史のテント。

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←元さんは私のテントで、女史はご自分のテントで、ロッキーは元さん号で眠りにつく。

歯を磨きながら仰いだ空は満天の星空だった。

2時頃就寝。

寝たと思う間もなく、4:35起床。

女史曰く「寝たと同時に隣のテントからクマのようなイビキが聞こえたよ」

元「それは多分オラっちだ。風邪引いてて喉も痛いし・・・たけぱぱ、寝れなかったんじゃない?」

私「全く分からず寝てしまいました」

まずテントを撤収。

次に朝飯。

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←朝飯のおにぎりを食べる女史とロッキー。後ろの車は元さん号。

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←靴紐を締めなおす。

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←天気はよさそう。期待が高まる。

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←登山届けを書いて5:35、歩行開始。

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最初にちょっと道を間違えたりしましたが、そんな事より蒸し暑いのと酒がまだ抜けてないのとで、しんどいシンドイ。

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←歩く順番は元さん・ロッキー・女史・私の順。

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←このように○合目の標識があります。

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←青い空が元気を与えてくれます。

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←6:34、5合目に到着。Dsc02992_40

←米子沢Dsc02993_40

←ブナ林を歩いていく。

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←葉が光っているのはイワカガミ。元さんに教わった。

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←7:05、6合目。Dsc02999_40

←当初の予定ではコチラのヌクビ沢を歩く予定だった。

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←9月に入ったばかりだが、ナナカマドが赤い実をつけている。

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←ギョウジャニンニク

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←7:39、7合目。森林限界を抜ける。

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←ナナカマド

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←8:09、8合目。

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←アキノキリンソウ

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新潟の山は早くも秋の気配ですねぇ。

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←8:25、9合目・ニセ巻機に到着。小休止、腹ごしらえ。

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←少し歩くと六日町の町並みが見えてくる。

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←元さんがブルーベリーを見つけ、それをすかさず口に入れる。

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←左の大きな三角の左肩にちょこっともう一つ三角がのぞいているのがお分かりいただけるだろうか。割引岳である。深田久弥の「百名山」にはこの山のことが巻機本峰よりも詳しく印象的に出てくる「あれ?あれはワレメキ山でさア。」

私は18年前と17年前に巻機に登ったが二度とも単独、全く余裕もなく巻機本峰頂上だけを踏んで下りてしまっている。

今日はこの割引岳にも登ろうと言う計画である。楽しみである。

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←9:37、避難小屋到着。トイレ・水補給・栄養補給。

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←改築したばかりの巻機山避難小屋。

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←内部の様子。ピカピカである。

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←バイオトイレ。用の済んだあとにペダルを漕いで空気に触れさせるというシステム。

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←腰を上げて歩き出すと、ナガバナノモウセンゴケ。

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←ここにもブルーベリー。

花と木道が苗場を思い出させる。

そんな道を楽しく歩いて、9:19巻機山に到着。

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←今歩いてきた道を振り返る。

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←画面中央は越後駒。左は八海山。

9:25、カメラと貴重品だけを持って割引岳に向かう。

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←オヤマリンドウ

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←タテヤマリンドウ

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←ハクサンボウフウ

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←キンコウカ

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←笹の斜面が新潟の山らしくていいじゃありませんか。

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←間もなく頂上だ。それにしても、気持ちのいい道だなー。

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←ヌクビ沢は事故が多い。

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←どうだろう、この空の青!

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←越後三山が全て見えてきた。左から八海山、越後駒、中の岳。

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←今歩いてきた道。

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←白い花はミヤマコゴメグサ。

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←9:41、割引岳頂上に到着。こちらの方が巻機本峰よりは「頂上らしい頂上」ではありますな。

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←巻機にはない三角点がここにはある。

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←雲と三角点とロッキー。

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←六日町。魚沼コシヒカリのふるさとである。

9:50、割引岳をあとにする。

10:04、巻機に戻り、すぐに牛ヶ岳に向けて出発。

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←この道は朝日岳・谷川岳へとはるかに続いている。我々は牛ヶ岳へ。

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←こっちもまた気持ちのいい道だ。

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←ハクサンフウロ

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←10:34、牛ヶ岳着。ここにも三角点がある。

Dsc03052_40 もう少し先まで行ってみる。Dsc03053_40

←牛ヶ岳の先っぽで。心の中で合掌。

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←元気なトリオ。先っぽで。

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←来た道を引き返す。

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←沢には雪が残る。

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←天国の庭。たけぱぱ命名。

11:04、巻機に戻る。

腹も減った。避難小屋まで戻って昼にしよう。

11:19、避難小屋。

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←元さんと女史がお湯を沸かしてくれる。

おにぎりを頬張る。山で食うとどうしてこんなにウマイんだろう。

ロッキーと私は味噌汁とコーヒーをご馳走になる。

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←今来た道。

12:07、腰を上げて下山開始。

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←この人たちは歩くのが早いので「撮影しては走り」の繰り返しです。Dsc03062_40

12:15、ニセ巻機。

12:22、8合目。

12:39、7合目。

12:55、6合目。

13:15、5合目。

13:44、3合目。

13:50、登山口に到着。走るように下りてきました。

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←巻機、いい山だったー。

湯沢に車を走らせ、共同浴場「山の湯」で汗を流す。

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←値段はなんと300円。

サッパリしたところでJR湯沢駅で「反省会」会場を探すが手ごろな店が見つからずウロウロ。女史はお土産の「エチゴビール」まで持って。

結局、駅構内のラーメン屋さんで反省会。

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←元さんはもちろん運転のためラーメンだけで我慢。

元さん、いつもすみません。

女史と私はコンビニで缶チュウハイを買い足し、元さん号にて仕上げの一杯。

そして爆睡。

元さん、本当にすいません。

高尾駅で三人が降りて解散。

お疲れ山でした。

元さんの転進・運転そして先頭での歩きっぷりのおかげで本当に楽しく素晴らしい山行になりました。

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2008年10月 3日 (金)

和食と焼酎とワインの夕べ

2008年10月2日(木)、都内某所に山仲間男女7人が集まり、特別に許可をいただいて焼酎やワインを持ち込み、和食レストランの一室にてオフ会が行われました。

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焼酎好きの私でもまだ口にしたことのない銘柄もあり、7人では飲みきれず、私も1本持ち帰らせていただきました。

九州にお嫁にいったASAKOちゃん、10/4には関西に行ってしまうぶーちゃんとも会え、九州や関西ツアーやるよ、との話も出ました。

Dsc03476_40 お酒も料理もうまかった~。

この場にいられたことにただただ感謝です。

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2008年10月 2日 (木)

週刊 日本百名山 第37号

37 最新版 日本百名山 第37号 八甲田山 八幡平

1979年8月、大学3年。盛岡が実家のH副隊長とわんこそばを食ったあと、柳沢の民宿に泊まり、翌日ここから歩いて岩手山に登った。暑かったことだけはハッキリと覚えている。松川温泉に下り、国民宿舎に泊まる。部屋食とともに飲んだ冷たいビールの味が忘れられない。

●八幡平・・・岩手山の次の日。バス停から15分くらいで頂上だった。バスで十和田湖まで出て、湖畔の休屋泊。次の日おいらせYHまで三里半歩いたことがいい思い出になっている。   2007年5月にもH隊員と歩いた。コチラを>>   

●八甲田山・・・岩手・八幡平の続き。高田大岳から登る。中年の今となっては考えられないコースから登ったもんだ。ここでも暑くてまいった、困った。休んでいる時間がながかったので相当時間がかかったはずだが、記録は残っていない。覚えているのはH副隊長が倒れるように休んでいたときに通りかかったギャル(当時はそう言った)が「この人死んでる」と言ったことである。酸ヶ湯に下りた。下りはあっけなかった。

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2008年10月 1日 (水)

イオンモール その2

イオンモール その2
帰りまーす。

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日の出イオンモール

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今日の晩飯は回転寿司かなー。
その前にこの店を物色。

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東京サマーランド その3

東京サマーランド その3
泳ぎ疲れました。
すいてますよ。

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東京サマーランド その2

東京サマーランド その2
お昼です。

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東京サマーランド その1

東京サマーランド その1
都民の日。
家族4人で来ています。

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